聖女召喚って
カウンターを離れて建物の出口へと向かうと、行く手で何やら揉め事が起きている。オレはセイナを抱っこして緊急事態に備えてから、そっと様子を窺った。
どうも男性ギルド職員が、男の子を追い出そうとしているらしい。
男性職員は男の子の腕を背面で捻り上げ、足で蹴るようにして男の子を歩かせている。酷い事をするなぁと顔を顰めていたら、同じように不快げな表情の商人達が話すのが聞こえた。
「獣人が入り込むとは、ここの警備は如何なってるのか」
「まったくだ。王宮のように、獣避けの魔道具を設置すれば良いのに」
彼らが不快に思ったのは職員の態度ではなく、厳しい視線は男の子に向けられていた。よく見ると男の子の頭には三角の獣耳、上着の裾からは長い尻尾が生えている。
「ネコさん」
セイナが目をキラキラさせながら呟いた。
そう、男の子は猫の獣人のようだった。7、8歳くらいだろうか。茶色いふわふわの髪の毛から覗く同色の猫耳がピコピコ動き、緑色の目がこちらを捉える。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ごめんな、兄ちゃんには何も出来ない」
勇者とか覇王とか魔王とか、何かしらの強大な力を持つ主人公なら助けられるかもしれない。でもオレは巻き込まれただけのモブキャラ。職業もシッター。ペットシッターってのもある? あったところで無力であることに変わりはない。
猫の子をつまみ出すように、男の子は商業ギルドから追い出された。居たたまれない。オレは他の出入り口を探したが、正面玄関しか見当たらず、少しだけ商業ギルドの中をぶらぶらして時間を潰してから外に出た。
さて、気を取り直して。
速やかにこの国とおさらばするにしろ、なら何処の国に行けば良いかはてんで判らない。とりあえず南に向かってみた後で北に良さそうな国があった、なんて事になったら無駄足だ。だけど、
「獣人差別が嫌なので、獣人と人間が仲良くしてる国に行きたいんですけど。良い国知りませんか?」
なんて、この国の人に聞ける訳がない。聞くなら外国人だろう。
国外から来た人が集まりそうな場所って何処だろう?
「それなら市場に行ってみな。今なら降臨祭の観光客目当てに、他所から来た行商人がたくさん店出してるぞ」
商業ギルドでお勧めされた宿屋で宿泊手続きをして、人の良さそうな主人に聞いてみた回答がこれだった。もちろん獣人云々は伏せて、外国の珍しい物が欲しくてーとか適当なことを言った。
聖王都には東西南北4つの市場があり、この宿屋から一番近い市場は西の市場らしい。主人は地図まで描いてくれた。この国の人は、獣人さえ絡まなければ良い人なんだよな……。
西の市場は聖王都を囲む壁のすぐ内側に、へばり付くように細長く広がっていた。西洋風のこの国とは明らかに違う、オリエンタルな小物を扱う露店やエスニックな料理の屋台も出ている。そんな外国事情に詳しそうな店に当たりをつけて、買い物しながら情報収集。
その中に、ちょっと聞き捨てならないことがあった。
「え、聖女召喚って、そんな?」
「知らなかったのかい? ああ、あんたも他所から来た人か」
オレの扁平な日本人顔を見て、勝手に納得してくれた屋台のお兄さん。訳知り顔で話してくれた所によると。
この国の聖女召喚は、次期国王の伴侶を得るためのものらしい。神の国から聖なる乙女を招き、王家に迎え入れることで、この国に神の加護を得る──要するに、国王の権威付け。
はああ? 王様の嫁にするために異世界から女の子を攫ってきてんの? あの召喚時の様子からして無許可だよね? お願いしますって頼んだり、来てもらえますかって尋ねたりしてないよね?
ギルティ。やむにやまれぬ理由があったって誘拐まがいの異世界召喚は犯罪なのに、そんなふざけた理由?
うん、これはもう逃げるのに何の遠慮も要らないな。もしもセイナが聖女様で、聖女がいなくなったら国に災いがーとかだったら申し訳ないかなとは、ちょっとだけ思ってたんだ。だけどそんな気遣い無用だな。
逃亡資金も得たことだし、食料やら身の回り品やら、長旅で必要になりそうな物を買い揃えてゆく。アイテムボックスは人に知られると面倒そうなので、一旦鞄に入れてから、隠れてアイテムボックスに移し替える。時間停止機能付きかはまだ判らないんだよね。ここの串焼き旨いんだけど、どのくらい日持ちするかな。
お財布と相談しながら、購入するものを吟味する。味気ない保存食ばかりだとセイナが可哀想だし。アイテムボックスにハロウィンのお菓子が入っているけど、人前で食べるのはちょっと、パッケージとかがね、日本仕様だからね。
「セイちゃん、このお肉とさっきのお芋、どっちが好き?」
返事がない。そういえば、さっきからセイナが妙に静かだ。市場に入ったばかりの頃は好奇心の向くまま「あれは何?」「これ食べたい」と賑やかだったのに。混雑してるからと抱っこして移動しだしてから、無口になった。おねむかな、今日は色々あったからな。
「セイちゃん? どうかした? 疲れちゃったかな」
「ううん。あのね、あそこにね」
セイナがオレの背後を指差した。振り返って見ると、その先には見覚えのある姿が。
あー、ついて来ちゃったかー。
露店の裏、積み上げられた木箱の陰に身を潜め、緑色の猫目がじっとこちらを見つめていた。