免罪符はどうした
「だーかーら、何度も説明してるだろ。パリピゴリラの求愛から逃れるために、香水のにおいを消したんだって」
「だが、あんな汚い水をかける必要など無かったはずだ!」
「それもさっき説明したよな。ただの水をかけるくらいじゃ、あのキッツい香水臭さは消せなかったって」
「ならば果実水でも準備すれば」
「果物なんて何処にあるんだよ。それにドリアンでも使わなきゃ、あそこまでの香水臭さは上書き出来ねーぞ。ドリアン水で良かったのかよ」
「良いわけがあるか! だいたい何故貴様らは濡れていないのだ、やはり嫌がらせ」
「俺達は! 香水臭さがベットリ移るほど! 女性達に近寄ってねーからな!」
「だがしかし、他の方法を使えば」
「なら他にどんな方法があったのか具体的に教えてくれるか? もちろんあの場で実現できて誰も怪我せず迅速に確実にパリピゴリラ達を退散させられる方法なんだろうなぁ?」
うーん、ヘリオスさんがキレ気味だ。チョビ髭さんとガンガン言い争っているヘリオスさんの声を、オレは離れた場所から聞いていた。目の前ではイチさんとアステールさんが頭を突き合わせ、魔法契約書の文言をしたためている。オレ達とヘリオスさん、アステールさんが一団から離脱するための手続き中だった。
パリピゴリラ達が去った後。
オレは男爵家の使用人達に囲まれた。もちろん彼らの目当ては水樽で、さっさとしろ、グズグズするなこの平民が、とがなり立てる奴らをアステールさんが風魔法で遠ざけてくれた。そのまま風の壁で守られながら、イチさん経由で残った水樽を全て放出すると、奴らは池の水も含めて残らず掻っ攫っていった。現在男爵家一行プラス女性冒険者達は、入浴および水浴びタイムである。
そして、いち早く水浴びを終えたチョビ髭さんが、抗議というより文句をつけに来た。イチさんが男爵にもらった、お咎め無しの免罪符はどうした。男爵本人からの文句じゃないとでも言うつもりか? ヘリオスさんが1人で矢面に立ってくれてるけど、堂々巡りで執拗くて、聞いてるだけでもウンザリしてくる。
たぶんチョビ髭さんは謝罪をさせたいのだろう。しかしヘリオスさんは謝る気なんて欠片もないし、謝る理由もないので一歩も引かない。強い。あれくらい強くないと、冒険者なんて続けられないのだろうか。オレには無理、すぐ謝っちゃいそう。
「出来たぞ、読んでくれ。その内容で良ければサインと血判を頼む」
ヘリオスさんのほうに気を取られているうちに、魔法契約書が完成したようだ。イチさんに渡された契約書を丁寧に読む。主な内容は、乗り合い馬車を途中で降りるが返金はしないこと、その代わり、ここに置いていくものはオレ達の好きにして良いこと。法的措置がどうこうなんてのも書かれていたので一応読んだが、ふんわりとした理解で大丈夫だろうか。
「アステールさん、これで今後何があっても、オレ達が法的機関から呼び出されたり、拘束されたり、罰金を払わされたり、訴えられたりすることは無い、と思って良いですか?」
アステールさんが頷いてくれたので、よし、信用します!
「ジェイド、ちょっとの間だけでいいから、セイちゃんの気を逸してくれるかな」
「はい、お任せください!」
ジェイドがセイナを惹きつけてくれている隙に魔法契約を済ませると、契約書を再度確認したイチさんが右手を差し出した。ガッチリ握手を交わす。お世話になりました!
「いやー、あんた等が居なくなると、この先が思いやられるよ。出来ればそっちについて行きたいくらいだ」
「あと2日、耐えてください。それよりイチさん、自分達の飲み水、確保出来てますか?」
「あー、まぁ……」
「これ、今のうちに飲んじゃってください。あと水筒の中身が減ってたら足します、出してください」
こっそりとあと2人の馭者さんも手招きして、カップに入れた冷製スープを渡す。飲んでもらっている間に水筒の水を満タンにし、瓶入りの水を数本ずつ押し付けた。人間が1日に必要な水は2リットル? 3リットル? 足りるかな、あと丸2日掛かる予定だからもっと必要かな。
「おいおい、もう充分、貰い過ぎだ。自分達のぶんが無くなるだろ」
「このくらいなら大丈夫ですよ。あ、リンゴなら水分取れるな、要ります?」
「欲しいが、本当に貰い過ぎだ。馬車を降りてもらうのも申し訳ないのに」
「それは気にしないでください、こっちから言い出したことなんで」
オレ達の乗れる馬車がない、だから途中下車すると伝えた時、イチさんは何とかするからと引き留めてくれた。でも現状、大破した馬車を修理しても、引く馬がいなければ如何にもならない。せめて森を抜けるまでは一緒にとも言ってくれたけど、ヘリオスさんが、
「これ以上アイツ等と一緒にいると鼻が死ぬ」
なんて真顔で言ったので。プッと吹き出してから何度も頷いて、イチさんはすぐに途中下車のための手続きを始めてくれた。
「はい、リンゴ、これくらいで良いですか?」
「多い多い。でもありがとうな」
「おーい、手続き終わったか?」
ヘリオスさんが戻ってきた。アステールさんがペラリと掲げた魔法契約書を読みもせず、サインしようとするヘリオスさん。
「ちょっ、読まずにサインは」
「ん、アズが確認したんだろ? 完璧に決まってる」
アステールさんへの信頼が深い。ヘリオスさんはあっさりとサインして、左手の親指をガブリと噛みちぎった。ヒイィィィ! 痛そう!
「いたいの───」
「ああっ、そうだねセイちゃん、痛そうだね! お薬つけなきゃね!」
「こんなの唾つけときゃ治るだろ」
笑いながら血判を捺したあとの傷を舐めたヘリオスさん、完成した魔法契約書をクルクル丸めながら、いい笑顔で言った。
「よし、じゃあ俺達は先に出発しよう! 全員準備は良いな?」




