護衛依頼ってお高いんでしょ
パリピゴリラのダンスは凄かった。特に馬車の屋根の2頭のダンスは圧巻で、跳んだり跳ねたり回ったり、キレッキレ。1頭がメインで踊っている時はもう1頭がそれを称えるような動きをし、何度も主役を交代してダンスバトルの様相を呈している。ブレイクダンスというやつか。文字通り、ゴリラが跳ねるたびに馬車がブレイクしてるな。
ラインダンスのメンバー達は、周囲に散ってバックダンサーと化している。騎士達が男爵夫人の元へ行こうとするのを巻き込んで、一緒にレッツダンス!
これって一時期流行ったフラッシュモブに似てるけど、フラッシュモブでプロポーズはあまり喜ばれないんだぞ。ゴリラ界隈では歓迎されるのかもしれないが、異種族間でやるのはリスクが高い。断れない雰囲気とか、それでも断ったときの居たたまれない空気とかを予測して、なんともいえない気持ちになるオレ。ゴリラ達、あんなに頑張って踊ってるけど……。そもそも何で、人間相手に求愛ダンスしてんだろ?
首をひねるオレ。その前で、ひとしきり笑い終わったヘリオスさんが、イチさんを手招いていた。
「ちょっと頼まれてくれないか? この状況を終わらせる策があるんだが、男爵様辺りから文句が出そうなんだよ。だから何してもお咎め無しって言質を取って来てもらえないかな」
「終わらせられるんですか、これを? どうやって?」
「知らない方が良いぞ、絶対お許しが出ないから。だけどパリピゴリラは諦めが悪いからな、このまま夜まで足留めされて、他の魔物に襲われるのは嫌だろ?」
コクコク頷くイチさん。
「じゃ、頼む。その間に準備しとくから。ああ、ゴリラを刺激しないように、静かにゆっくり行ってくれ」
そうやってイチさんを送り出したヘリオスさん。さて、と今度はオレに向き直った。
「何か手伝えます?」
「いや、ユウとはこの後のことを相談したくてな」
この後? ヘリオスさんの目線に釣られて目をやると、馬車の上のゴリラがヘッドスピンをキメていた。凄いな。何が凄いって、ゴリラ達と男爵一行の温度差が……。
セイナとジェイドは相変わらず夢中で、小さな手で力一杯拍手を送っている。その純粋な心をずっと大切にしようね。
「ほら、あの馬車、2台とも修理出来ないくらいベッコベコだろ」
ああ、見て欲しいのは馬車でしたか。確かにゴリラのお立ち台に使われた馬車は、凹みまくって原型を留めていない。車輪も外れてバックダンサーが抱えて踊ってるし、引いていた馬達も逃げてしまったのだろう、見当たらない。
「移動に使えるのが馬車1台と馬4頭に減った。これだけで、この場の全員を運ぶのは難しい。譲り合って座れば不可能じゃないかもしれないが、あいつ等にそんな殊勝な心掛けは望めない。となるとだ。誰かをここに置いていこうって話になりそうじゃないか? で、置き去りにされるのは、たぶん俺達だ」
うわあ、それはすごく有りそうっていうか、十中八九そうなりそう。オレ達が乗ってきた馬車は男爵一家に奪われて、平民は走れとか言われそう。
「だけど、オレが預かってる水がないと困るんじゃ」
「困るだろうな。でも、あいつらは自分達の飲み水を座席に置くのは許せても、平民と同じ馬車に乗るのは許せないと思う」
「あー、確かに」
「だろ? だから俺達は、喜んで離脱しようと思う。で、ここからが相談なんだが。ユウ、君らも一緒に離脱しないか? そんで俺とアステールを護衛に雇って欲しいんだ」
ヘリオスさんの申し出は、正直とても有り難い。この森をセイナとジェイドを抱えてオレ1人で抜けるのはまず無理だ。人の手のほとんど入っていない、ガチの森ってほんと怖いし。
後発の馬車を待つという手もあるが、それもいつ来るか分からない。オレのテントに立てこもればいくらでも待てそうだけど、ここで時間を掛けるなら、何のために高額チケット買って馬車に乗ったんだっていうね。
オレとしては、ヘリオスさんの提案に一も二もなく頷きたい。だけど、護衛依頼ってお高いんでしょ?
「ヘリオスさん、オレ、あまりお金持ってないですよ」
「依頼料なら金じゃなく、食事で払ってくれたら嬉しい。ユウの性格からして、アイテムボックスに十分過ぎる食料入れてるんだろ? 俺達が増えても10日ぐらいは平気だろ」
10日どころか1ヶ月でも余裕ですが? 可愛いセイナとジェイドに、お腹が空いてひもじい思いなんてさせられないからな。食料の備蓄は基本でしょ。
「あと、出来ればソフトクリイムってのを一度、食べさせてもらえれば」
「な、ナンデスカソレハ」
びっくりしてカタコトになったオレに、ヘリオスさんが屈託なく笑う。
「なんだ、秘密だったのか? 毎晩君らが食べてるのが聞こえてたから。毎朝甘い匂いもしてたし、甘くて美味いものなんだろ? 駄目か?」
「……駄目じゃないです」
「よっしゃ! 契約成立だな!」
心底嬉し気なヘリオスさん。イケメンのキラキラ笑顔が眩しいったら。
それにしても、馬車の中の会話が聞こえていたのはともかく、寝る前に食べたソフトクリームの匂いに気づかれていたとは、ヘリオスさんの嗅覚は犬並みだね。ソフトクリームって、そんなに匂いがしない食べ物だと思うんだけど。




