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練習したの?

「これは使えないな」


 池の縁にしゃがんで水質を確認していたイチさんが、ふるふると首を横に振った。だろうね。池の水は緑色。南国の綺麗な海のエメラルドグリーンではなく、濁った青緑色なのだ。藻が繁殖したうえで腐っているのか、生臭い。これは馬だって飲む気にならないだろう。


「水樽はあと5つだったよな」


 よっこらせ、と立ち上がりながら、イチさんが尋ねる。それに頷き返してから、補足するオレ。


「馬用のは10樽以上あるんですけどね」


「前の池の水な。風呂さえ止めてくれれば、それで足りるんだけどなあ」


 ガシガシと頭を掻きながら、困り顔のイチさん。深ーい溜め息を吐きながら、馬車が留まる小道のほうに目をやった。


 森に入って数時間、昼前に池のそばに着いたので、男爵家と女性冒険者は昼休憩中だ。その間に水の補給を済ませようと、オレ達はイチさんの案内で小道を逸れ、池のほとりにやって来ていた。だけど小道から池への脇道が獣道化していた時点で、嫌な予感はあったんだよね。そして悪い予感ほどよく当たる。


「ここの水も、昔は沸かせば飲めたんだがなぁ。まあしょうがない、戻るか。皆さんも、せっかく来てくれたのに無駄足で申し訳ないです」

 

 水を汲む手伝いをと同行してくれたヘリオスさん達に頭を下げて、イチさんは来た道を引き返しはじめた。

 先頭をゆくイチさんとヘリオスさん、真ん中にオレとセイナとジェイド、殿がアステールさん。往路と同じ隊列だ。池へと向かう時は、下草や茨や枝葉を切り拓いて道を作りながらだったので足が遅かったが、帰りはスタスタ。だけど、ゆったりと歩いていたヘリオスさんの足が止まり、水の計算をしていて注意散漫だったオレは、広い背中にぶつかりかける。


「……っとと。ヘリオスさん?」


「シッ、静かに、何か来る」


 ヘリオスさんの小さくとも鋭い声に、一気に高まる緊張感。オレはセイナを抱き上げ、ジェイドの肩に手を置いた。アステールさんが背後で距離を詰める。ヘリオスさんはイチさんを下がらせ、行く手に神経を集中している。


「──キャー──」


 馬車の辺りから悲鳴が聞こえてきた。何かがぶつかる音、怒鳴り声、獣の雄叫び、地響きと騒然とした気配。

 ヘリオスさんが一瞬の逡巡後、半身になって警戒を続けながら指示を出す。


「俺達の馬車へ。ユウ達は馬車の中、イチさんは馭者台ですぐに発車できるようにしてくれ。アステールを護衛につける。アズ、俺は騎士達の加勢にいくから後を頼む」


 アステールさんがオレの横をスルリと抜けて、ヘリオスさんの横に立つ。


「アズについて行け、なるべく音を立てないように」


 言うなりヘリオスさんは走り出した。全身鎧兜なのにほとんど音を立てることなく疾走するヘリオスさん、速い速い。どういう運動神経してるのか、あっという間に姿が見えなくなる。冒険者って凄いな!

 唖然と見送ったオレ達の指揮を取るのはアステールさん。この人、こんな時ですら一言も喋らない。ハンドサインで行く手を示し、2、3歩進んで振り返り、ついて来いと促す。オレ達は足元に気をつけながら後を追う。小枝を踏んだ音で魔物に気づかれるとか、そんなあるあるは経験したくない。慎重に慎重に足を進めていたのだが。


「アッハハハハーッ!」


 突然の笑い声に、オレの足の下で小枝がパキッと音をたてて折れた。な、何事?

 びっくりして立ち尽くすオレの前、音もなく進んでいたアステールさんが足を早める。慌てて追い掛けるオレ達は、もう静かにとか気にしていられずガサガサと続く。笑い声も続いていて、近づくにつれそれがヘリオスさんの声だとはっきりと分かったが、困惑は深まるばかり。緊急事態じゃなかったの?


 やがて木々の切れ間にオレ達の馬車が見えてきた。アステールさんの姿もその隣に、更にその隣ではヘリオスさんが腹を抱えて笑っている。やっと追いついたオレは、ヘリオスさんの背中に倒れ込むように縋りつき、まだ息が調わないので目で訴えた。状況説明プリーズ!


「ああユウ、大丈夫だ。ゴリラ達に攻撃の意思はない」


 ここ数日で一番の、満面の笑顔のヘリオスさん。顎で示した先ではゴリラがラインダンスをしている。一糸乱れぬとまでは言えないが、足を振り上げるタイミングといい高さといい、なかなかに揃っている。凄いな、こっちのゴリラってラインダンスが出来るのか。練習したの? 練習して出来るもんなの?

 異世界だから、で無理やり納得しようとするオレの腕では、セイナが素直に手を叩き、賞賛している。


「すごーい! ゴリラさんすごーい! 上手!」


「はい、とても上手ですね!」


 拍手で褒め称えるお子様達に気を良くしたのか、ゴリラの足がさっきよりも高々と上がる。見物客のこの反応、嬉しいよね。

 でもゴメン、オレはまだちょっと受け止めきれてない。他の面々もオレと似たりよったりで、騎士達は剣を抜いて中途半端に掲げたまま、女性冒険者達は中腰で身構えたまま、これどうすれば良いのって顔で、ヘリオスさんにチラチラと視線を送ってくる。そこは自分で判断しようよ、あれだけ威張ってたんだからさ。ちょっ、こっち見んな、自分で聞けよ。


 無視しようかとも思ったが、侍女さん達や馭者さん達の視線までオレに集中しだしたので負けた。数の暴力反対。


「えーと、ヘリオスさん。これって何ですか?」


「ん? パリピゴリラの求愛ダンスだ。知らないか?」


 知りませんねえ。だけど求愛行動にしては、相手が見当たらないような。団体さんなのも何故? 集団お見合い?


「まあ見てな、ここからが本番だ」


 話しているうちにラインダンスが終わり、左右に別れたゴリラ達の間から、殊更大柄な2頭のゴリラが進み出る。固まっていた男爵家御一行から男爵夫人と、ヘリオスさんに言い寄ったという女性冒険者が捕まって、ゴリラ達の輪の中に連れ出された。ゴリラが運んできた石に座らされる女性2人。1台目と2台目の馬車の屋根に、それぞれ飛び乗った2頭のゴリラ。


「ユウ、あの2人が見初められたみたいだぞ! やっぱりな!」


 ヘリオスさんがまた笑い出す。それを合図に、ゴリラ達もまた踊りはじめた。

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