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鼻も利くらしい

 その後数日は平穏だった。1つ目の池では無事に水を補充できたし、相変わらず魔物はスライムの1匹も見掛けない。騎士達は昼間から酒を飲むようになり、水もザブザブ使われ、遠巻きに絡んでくる視線が鬱陶しいけれど、表面上は何も無い。

 しかしヘリオスさん達は、却って警戒を強めているようだった。ずっと寝不足なのも相まって、ピリピリしている。それでもオレ達への態度は変わらず紳士的なので、出来た人達だと思う。


 オレに出来ることといえば、食事の支度を請け負うことと、寝床を快適に整えて仮眠を邪魔しないことくらい。この数日で2人の食の好みもわかってきたので、3食せっせと料理を作る。

 水の節約とか馬鹿らしくなって止めた。オレ達がチマチマ節水しても、他の人達が豪快に使いやがるので意味がないのだ。先頭の馬車を洗車すると言われた時点で諦めた。せめて池の水を使うならまだしも、飲み水にできる綺麗な水を使われたので。そもそもオレは預かってるだけだし、足りなくなってもどうにかするのはオレじゃないし、もう知らなーい。


 ということで、大量の水でパスタを茹でてやるぜ! 


「お、今日はスパゲッティか」


「はい。積み荷の野菜、そろそろ消費しないと傷むんで」


 硬めに茹でたパスタを皿に引き上げ、茹で汁の半分はスープに、残りは皿洗いに使うので桶にザバー。フライパンでベーコンを炒め、たっぷりのキノコと葉先が萎びてきたほうれん草もどき、パスタを投入して更に炒める。味付けは塩コショウだけのと、鷹の爪オイルを足したのの2種類。アステールさんが辛いの好きみたいなので。

 甘党のヘリオスさんには、昼に焼いたパンケーキの残りに木苺のジャムを添えて渡す。パンケーキ自体は砂糖の入っていないプレーンタイプだ。生地を甘くすると、焼くときに甘い匂いがして、虫が寄ってくるからね。昼食では肉や野菜を挟んで食べた。


「お兄ちゃん、セイもホットケーキ」


「ご飯食べてからね。セイちゃん、ジェイド、これアステールさんに。渡したら自分のも取りに来て」


「はーい!」


 ずっと馬車の中なので、セイナとジェイドもストレスが溜まっている。幼いわりに我慢強いセイナだが、甘味を強請ることが多くなった。毎晩ソフトクリームを食べても足りなくて、フルーツやキャンディで凌いでいる。疲れると甘い物が欲しくなるよね。パンケーキはジャムと蜂蜜のダブル掛けにしてあげよう。

 オレが蜂蜜の瓶を取り出すと、ヘリオスさんがスンッと鼻を鳴らした。この人、耳が良いだけでなく鼻も利くらしい。


「あ、ヘリオスさんも蜂蜜掛けます?」


「いや、今のは催促したんじゃなくて。掛けるけど」


 蜂蜜の瓶を受け取りながら、ヘリオスさんは鼻をスンスンいわせている。


「何か匂います?」


「ああ。またあの香水が」


「あー。風下にしなきゃ良かったですかね」


 オレ達の馬車は、他の2台の馬車の風下に、距離を空けて停めてもらっている。料理の匂いに釣られてクレクレ虫が来ないように、せめてもの抵抗だ。

 男爵家の料理、高価な食材を使っているのは男爵様御一家の食事だけで、使用人達が食べているのはオレ達と変わらない庶民飯みたいなんだよね。高級食材のおこぼれはもらえても、日持ちのする焼き菓子なんかは下げ渡されてない模様。だから、特に甘味の匂いが届かないように風下にキャンプを張ったんだけど、ヘリオスさんには申し訳なかったな。


「大丈夫だ、耐えられる。だけどこれだけ離れてても臭うほど、あの香水を使ってるとなると」


 ヘリオスさんは頭痛を堪えるような渋面を、パンケーキに添えたジャムに寄せた。しばらくスーハースーハーと匂いを嗅ぐうちに、眉間のシワが浅くなって消えて、残ったのは憂い顔。


「あの香水、何かあるんですか?」


「あれ、異性を惹きつけるニオイだとかで、都市部で人気があるらしいんだが。オレには魔物寄せと同じニオイに感じるんだよ」


「でも、ここまで魔物、出てませんよね」


「そうだな、不気味なほど何も出ない。だけど明日は森だ。平地より魔物が多いし強い」


 明日は南回りルートで唯一、森の中を進む。2つ目の池が森にあるので、立ち寄るためだ。


「水、足りそうか?」


「飲み水以外に使わなければ、足りるんですけどね」


「今日も風呂に入ってるな。石鹸の匂いもする。俺達なんて、池で水浴びしただけだっつーのに」


「ヘリオスさん、鎧は脱いでも兜はつけたままでしたよね。蒸れると髪にダメージいきますよ」


「おいコラ、俺はフサフサだぞ。ユウこそカツラ被りっぱなしじゃねーか」


 オレの青い髪、ウイッグだってバレてた。


「これはお洒落であって、断じてハゲ隠しじゃないんで」


「俺だって魔物の急襲に備えてんだよ! 君らも明日は、いや今夜から、すぐに動けるようにしとけ。寝る時も靴履いとけよ」


「はい、了解です!」


 プロの忠告は素直に聞くべき。オレが手を額に翳して敬礼すると、セイナとジェイドも真似して良いお返事。


「はいっ!」


「よし。君らは俺とアステールで、きっちり守ってやるからな。で、何だそのポーズ?」


「あれ? 軍隊の敬礼、これと違います?」


「違うな。ユウ、故郷で軍に入ってたのか?」


「まさか。聞きかじりですよ」


 現代日本のインドア派もやしっ子に、軍人なんて務まるはずないでしょ。

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