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朝から憂鬱

 南回りルート3日目。今朝のヘリオスさんは、目の下にクマを飼っていた。初対面の時の快活さは影を潜め、寝不足気味なのを差し引いても疲れ切っている。何かあったのだろうか。ここはそっとしておくべきか、それとも話を聞くべきか。


「ユウ、聞いてくれるか? 昨夜は最悪で」


 聞く前にヘリオスさんが語りだした。聞きましょうとも。幸い今朝はセイナがお寝坊で、ジェイドと一緒にまだ馬車の中だ。コップにお茶を注いで渡し、かまどの傍に座って聞く体制をとると、ヘリオスさんが愚痴りはじめる。


「夜更けにな、あの女が来て言い寄られたんだよ。普段なら適当にあしらえるんだが、寝不足で気が立ってたのもあって、上手くいかなくて。それに断っても断っても執拗くて、いい加減うんざりしてな? つい正直に思ってることをぶち撒けちまった」


「なんて言ったんですか?」


「性格の悪さが顔に出てる。生理的に無理。せめてその臭いを何とかしろ。ユウが食ってた豆のほうがまだましだ」


「それはまた……手厳しいですね」


 納豆のニオイのほうがましとか、女性に言っていい言葉じゃない。だけど、言い寄ってきたのはあの女性冒険者みたいだし、よっぽど神経逆撫でされたか、腹に据えかねたんだろう。


 姿が見えなかったアステールさんが戻って来たので、挨拶代わりにコップを掲げてみせる。愚痴聞き役に加わってくれるようなので、アステールさんにもお茶を淹れてあげた。アステールさんが座ったところで、ヘリオスさんが話を再開する。


「俺も言い過ぎだとは思ったんだ。だけどあの女の香水が、吐きそうなほど気持ち悪くて」


「香水なんてつけてました?」


「ああ。昼間もつけてたけど、夜は追加でジャブジャブ振り掛けてた。あのニオイ、俺ほんと駄目なんだよ。それなのに抱きつかれて。鎧にニオイが移ったら嫌だから、さっさと引き剥がして、やっと追い払えた時はホッとしたのに、直ぐまた髭の奴連れて戻って来て」


 ヘリオスさんの受難はまだ続いた。戻って来た女性冒険者、言うに事欠いてヘリオスさんに襲われかけたと主張したらしい。真っ向から否定したヘリオスさんを嘘つき呼ばわりし、一部始終を見ていたアステールさんの証言も、仲間だから庇っているんだろうと罵り。どうにもならなくなったところで、騒動に気づいて起きてきたイチさんが仲裁に入ってくれたのだそう。


「でも、無実の証明って難しくないですか」


「そこは大丈夫だった。先頭の馬車、高級仕様だけあって、映像記録魔道具が取り付けてあったんだよ」


 車載カメラ的な?


「ばっちり俺達の姿も映ってた。あの女が自分から俺に近づくところも、俺にしなだれ掛かってるところも、追い払われてオーガみたいな顔で戻ってくところも、全部な」


「オーガ……」


 あの女性冒険者、見た目は可愛い系というか、黒目がちなタレ目で鼻と口が小さい童顔だったんだけど。それがオーガに変貌するとは。

 ちょっと信じられなくて隣のアステールさんを見ると、ヒョイと肩を竦められた。欧米の人がやる、両手の平を上に向けるアレだ。海外ドラマでしか見たことがなかったこの仕草、異世界でも使うんだな。

 それにしても。


「良かったですね、冤罪が晴れて」


「ああ。だけど恨みは買ったから、また絡んでくるかもしれん。すまん」


「オレもあの人達とは揉めてるんで、お互い様ですよ。なるべく関わらないで済むよう、気をつけましょう」


「だな。次から馬車を離して停めてもらって、野営も別々にできれば良いんだが」


「水を預かってるんで、完全に別行動とはいかないんですよね」


 予定では今日を含めてあと6日、あの人達と過ごすことになる。朝から憂鬱な気分になっていると、仕事の方でも、気分を下げることを聞かされた。


「えっ! もう全部空なんですか?」


 昨夜出してあった水樽がスッカラカンになっており、朝食に使う水を出せと怒鳴られたというイチさん。急いで1樽引き渡し、男爵家の侍従に届けるのを見守っていたら、ネチネチとした嫌味がこちらまで聞こえてきた。


「まったく、平民はお気楽で羨ましい。我々は男爵様や奥様がお目覚めになる前に、完璧に準備を整えておかねばならないのに。洗顔のための湯を用意し、目覚めの紅茶を淹れ、スープを作る。そのための水を準備する程度、夜のうちに済ませられるのでは?」


 だから昨夜、今朝のぶんもまとめて多めに水樽を出してあったはず。顔を洗って、朝食の支度と後片付けをして、馬に飲ませても足りる量を準備してあったはずなのだ。誰だよ貴重な水を無駄使いしたの。

 イチさんも説明していたが、聞き入れられることはなく、しおしおになって戻って来た。


「すまないが明日から、朝も水の受け渡しを頼めるか?」

 

「それは構いませんけど。昨夜残ってた水は何処にいったんでしょう」


「……夜中に風呂に入った者がいたようだ」


 男爵夫人が一晩に2回風呂に? 違うな、だったら侍従が把握してるはず。男爵夫人のバスタブを勝手に使って、皆の水もジャブジャブ使って、風呂に入った人がいるの?


「水、足りなくなるんじゃ」


「午後には1つ目の池に着く。そこで補給できればギリギリ足りるはず」


「でもそれ、飲み水には向かないんですよね」


「だから、綺麗な水を温存するために、朝使う水は朝出してもらう」


 早起きは苦手だけど、水の無駄使いを阻止するためには仕方ないか。

 それにしても誰だよと、犯人探しに乗り出しかけたオレの横を、さらりと髪を靡かせた侍女さんが通り過ぎる。漂う石鹸の匂い。


「……イチさん」


「駄目だ、騎士にも2人、同じ匂いの奴がいる」


「……」


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