正面から喧嘩売ったりしない
2日目の昼食時、オレ達がまさにご飯を食べ始めようとしたところに、招かれざる客がやって来た。男爵家の騎士の一人で、やたらと声が大きく居丈高な男。名前は知らないので、オレが密かにチョビ髭さんと呼んでいる人だ。
チョビ髭さんの腕には、昨日セイナに怪我をさせた女性冒険者がぶら下がっている。ニヤニヤ嗤いが嫌な感じだ。何しに来た。
チョビ髭さんは、オレの前に立つと腕を組み、頭上から叩きつけるように命令した。
「そこの商人、昨夜食べていたという肉を献上するのだ!」
うわっ、これ女性冒険者に言われて肉を強奪しに来たな? 串焼き肉ひとつになんて執拗いんだ。男爵家のご飯、ご馳走になったんじゃないの? それで満足しようよ。
虎の威を借る女狐に餌をやりたくないオレは、シレッと嘘を吐く。
「申し訳ありませんが、肉はもうありません」
「何だと? 何故無いのだ」
「食べました」
「何故食べた!」
「何故と言われましても。食べるために持って来た物ですし、肉は腐りやすいので早目に食べないと」
時間停止機能付きのアイテムボックスなんて、そうそう有るまい。アイテムボックスに入れてたって、食べ物は腐っていくんですよ? 知らないんですか? 常識って言葉、貴女の辞書に載ってますか、そこの女性冒険者さん?
そんな思いが透けてみえたのか、向かいでスープを飲んでいたヘリオスさんが、カップを置いて立ち上がる。大丈夫です、正面から喧嘩売ったりしないです、ヘナチョコなので。
オレの手前に移動したヘリオスさんを、チョビ髭さんがジロリと睨む。が、すぐに目を逸らした。代わってヘリオスさんを凝視する女性冒険者。ヘリオスさんがイケメンだと気づいたのかも。
「ならば他の物を献上せよ」
「そう言われましても。他には私の故郷の食べ物くらいしか」
「それで良い、さっさと出せ!」
女性冒険者に良い所を見せたいのか、チョビ髭さんの声が高い。ジェイドとアステールさんが、怯えているセイナをそろりと遠ざけてくれている。
今こそ昨夜準備したおにぎりの出番。串焼き肉屋のオッチャン、オレに勇気を分けてくれ!
「それは何だ」
「私の故郷の主食です」
「どう見ても炭ではないか! そんな物が食えるか!」
えー、ただのおにぎりなのに。全面海苔で巻いてあるから真っ黒なだけなのに。子持ち昆布を増量で混ぜ込んであるから中身も黒いけど。美味しいのに。
ちゃんと食べられますよと示すために、一口かじり、次のおにぎりを出す。
「う、っぐ、何だこの臭いは!」
「豆です」
「だとしても腐ってるだろう!」
惜しい、発酵食品です。ご飯を核に、周りに挽き割り納豆をまぶしたおにぎりです。傷みやすいのでお店では見掛けない一品。食べてみせるとネバーッと糸を引いて、更にチョビ髭さんがドン引きした。
これも駄目ですか、そうですか。オレはまた違うおにぎりを出す。
「ぐわっ、これも酷い臭いではないか!」
「そうですか? 野菜を日持ちするように加工したものですが。ピクルスと一緒です」
「一緒にするな!」
同じ漬物仲間なのに。浅漬けじゃなく、田舎のばあちゃんが漬けていた白菜の古漬けをイメージして錬成したから、確かに匂いが強いけど。白菜の漬物を巻いたおにぎりより、キムチを巻いたおにぎりにすれば良かった?
これも気に入らないようなので、皿に置く。おにぎりが3つ乗った皿をヘリオスさんに持ってもらって……ヘリオスさんの顔が凄いことになってる、ごめんなさい、苦手な匂いなんですね。ちょっとだけ我慢してください。
「あとは卵くらいしかないですけど」
オレがアイテムボックスから出した卵が普通だったので、チョビ髭さんがやっと納得し、寄越せと手を出してきた。
「生卵って食べられますか?」
「はあ? 無理に決まっているだろう」
「そうですか。でもこの卵、特別な卵でして。火を通すと爆発するんです」
電子レンジ加熱した場合ですけどね。
「そんな訳があるか。ならば貴様は生のままで卵が食えるのか」
「はい、もちろん」
お椀に卵をコンコンパカッと割り入れ、ヘリオスさんが持つ皿から納豆おにぎりをチョイス。お椀にインしてひたすら混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ。顔を引き攣らせるチョビ髭さんの目の前で、音を立てて啜ってやった。うん美味い! 試してみます?
お椀を突き付けると1歩下がったチョビ髭さん。腕に絡まる女性冒険者の顔を窺うが、彼女も首をブンブン横に振って拒絶する。納豆と生卵のコラボは初心者には厳しいかー。オレはこの卵かけ納豆ご飯を、白菜の漬物で巻いて食べるのが好きなんだけど。スプーンだと難しいから箸が欲しいな。
「──もう良い! そんなゲテモノ、二度と我々に見せるな!」
卵かけ納豆ご飯を試食することなく、チョビ髭さんは女性冒険者を引きずるように去っていった。了解です。その代わり、そっちも女性冒険者達をガッチリ掴まえて、こっちに来させないでくださいね。
「ヘリオスさん、ありがとうございました。お皿引き取ります」
「あ、ああ、頼む」
「セイちゃん、お漬物のおにぎり食べる?」
「食べるー! セイのも卵かけご飯にしてー!」
朝昼と、2食続けて生卵を食べるオレ達兄妹。向けられる現地人達の視線は、ちょっぴり引き気味だった。




