異世界で生卵は
今朝はセイナの、
「お兄ちゃん起きて、お腹減った!」
との訴えで目が覚めた。朝が苦手なオレは、起き抜けのボンヤリした頭でセイナの朝食リクエストを聞き、よく考えもせずにたまごをパターン設定して錬成。欠伸をしながら馬車の扉を開けると、すぐ横に、同じように欠伸中のヘリオスさんが立っていた。
「おは……う」
「おはようご……ます……」
欠伸混じりの挨拶を交わし、背伸びをすると、伸ばした手がタープに当たってタプン。水滴が落ちてきた。
「ああ、気をつけろ。明け方に雨が降って、水が溜まってるから」
雨、降るんだ。いや当たり前だけど、こっちに来てから晴れっぱなしだったから。植生は温帯っぽいが、乾燥地帯に近いのかと思っていた。
面白がったセイナを抱えてタープをタプタプさせながら、ヘリオスさんに尋ねる。
「集めて使います?」
「そうだな。食器洗うくらいには使えるな。アズ、来てくれ」
オレが桶を持ち、ヘリオスさんとアステールさんとで支柱を動かして、タープに溜まった水を集める。この人達とは考え方とか価値観が近いようなので、気が楽だ。向こうで天幕に溜まった水を地面に棄てている人達とは、根本的な部分で分かり合えない気がする。水、ギリギリなのに。足りなくなっても知りませんよ。
さて、ヘリオスさん達はついでにタープを片付けるというので、朝食の準備はオレ達が引き受けた。見張りと馬車を寝床にするのを譲ってもらったので、そのお礼にご馳走します。と言っても、かまどの火は雨で消えてしまっていたため、ほぼアイテムボックスから出すだけだ。お店で買ったバゲットサンドを皿に盛り、生卵をお椀に割り入れてと。
「あの、それは何を作っているんですか」
「卵かけご飯だよ」
「焼くんですよね」
「いや、このまま食べるよ」
炊きたてご飯の醤油おにぎりを生卵に沈め、スプーンで混ぜ混ぜするセイナを、不安そうに見つめるジェイド。オレは自分のたまごを割ったが、ゆで卵だった。次のは、よし、生卵だ。黄身がぷっくりと盛り上がってて、白身もこんもり盛り上がってる。新鮮だ。
オレまで生卵におにぎりを投入したので、ますます不安そうなジェイド。
「卵は火を通さないと、お腹を壊しませんか?」
「普通はね。でもこのたまごは、生で食べられる特別なたまごだから」
日本で流通している、殺菌処理済みの新鮮たまごを錬成したから大丈夫!
『ごっこ遊び』スキルも使い慣れてきたからね。おにぎりを錬成する時も、パリパリ海苔かしっとり海苔かとか、辛子明太子か焼き明太子かとか、紀州南高梅かカリカリ梅かとか、細かい調整が出来るようになったのだ。
ゆで卵が混じっていたのは、寝ぼけたまま錬成したせい。これも朝食で食べよう。マヨネーズが欲しいな。ワインビネガーで作れるか? 後で試してみないと。
「あ、ジェイドは無理しなくても、ヘリオスさん達と同じバゲットサンドを食べればいいよ」
異世界で生卵は食中毒案件だもんね。ジェイドにとっては、卵の生食なんてとんでもないって認識なんだろう。片付けが終わって合流したヘリオスさん達も、アンビリバボーって顔してるもん。美味しいけど無理強いは良くない。卵かけご飯はオレとセイナだけで美味しくいただきます。
「ヘリオスさん、アステールさん、苦手な物ってありました? こっちがチーズと野菜のバゲットサンド、こっちはソーセージとピクルスのバゲットサンドなんですけど」
「ああ、苦手な物はない。生卵は無理だが……アズもだよな?」
高速で頷くアステールさん。そんなに生卵は有り得ないですかね。生で食べて良いのは果物だけ? 野菜は? あ、チーズサンドの野菜も茹でてあるや。魚の刺身とか馬刺しは──刺身が通じないのか、推して知るべしだな。
朝食の席は、故郷の食べ物の話題で盛り上がった。ヘリオスさんとアステールさんは同郷で、南の方の国の出身らしいが、食文化はこの辺りと似たりよったりなのだそう。つまり西洋風。魚や肉を生で食べるなんてと驚かれた。
だけどヘリオスさん達の故郷にだって、スターゲイジーパイみたいな、パンに魚が丸ごと突き刺さった料理があるそうだし。歌う木の実とか、踊る芋のようなファンタジー食材もあるというし。驚き具合ではお互い様だろう。
「何というか……ユウ達の故郷は遠いんだな」
それだけ食文化の違いが大きいってことだよね。変わってる、とか可怪しいとか言わないところに、ヘリオスさんの人柄が表れている。同乗者がこの人達で良かったと、つくづく思った。
ちなみにマヨネーズだけど、ワインビネガーでも問題なく作れた。混ぜるのを手伝ってくれたヘリオスさん、味見してとても気に入ったようで、パンに塗ってひたすら食べていた。マヨネーズの材料に生卵使ってるんだけど、そこは気にならないんだね。