商業ギルド
商業ギルドの建物は、聞いていた以上に大きくて立派だった。2、3階建てが多い街並みの中で頭ひとつ抜け出た、濃い煉瓦色が美しい5階建て。絢爛豪華って感じじゃないけど、ひと目で『お金掛けてますよ!』って外観だ。場所を聞くついでの情報収集によると、この聖王都では定番の観光スポットらしい。道を尋ねるたびに「観光ですか?」と言われた。
どうもオレ達は、聖王都に観光目的でやってきた旅行者に見えるようだ。顔立ちも服装も現地人と違うし、この世界のようすを知るためにキョロキョロしてたのが観光客っぽいのか、やたらと声を掛けられた。皆優しく親切で、露店のおばちゃんは林檎までくれた。すごく平和。
そう、この世界、どう見ても平和なのだ。聖女召喚なんてするんだから魔王軍が攻めて来てるとか瘴気が蔓延してるとか、何かしら不穏なことが起こっているのだろうと予想したのに、そんな気配はまるで無い。人は笑顔で街は清潔、店先には商品が所狭しと並んでいる。異世界をモチーフにしたテーマパークといった風情だ。暮らしやすそう。
さて、商業ギルドに入る前に、オレはセイナの前にしゃがみ込んで、細っこい両肩に手を置いた。
「お約束、覚えてるよね? ここからは?」
セイナがこっくり頷いて、両手で自分の口を塞ぐ。よし、偉いぞ。不用意に何か言ったのが魔法になって、またピカピカ光ったら拙いからな。
セイナの頭をひと撫でし、手を繋いで入口を潜った。
商業ギルドに来た目的は、まずは現地通貨を得ること、そして可能なら身分証を得ることだ。案内を受けて担当場所に向かう。1階奥で両方受けつけていた。
「いらっしゃいませ、ご用件を承ります」
対応してくれたのは、若い女性の職員さんだった。子ども好きなのか、セイナを見てにこにこしている。
「こちらの買取りをお願いできますか」
カウンターにブレスレットを2つ置く。似たようなアクセサリーが近くの商店で売られていたので、怪しまれることは無いはず。
「拝見します。こちらは妹さんとのペアですか?」
「色違いのペアで作ったものです」
「せっかくの品ですのに売却されてよろしいのですか」
「手持ちが心許なくなりまして……」
「ああ、聖王都は物価が高いですからね」
和やかに雑談しつつ、ブレスレットが検められる。ルーペを使って細かく検分しているが、鑑定の魔法や魔道具までは無いようだ。
ブレスレットは2つで小金貨3枚と銀貨8枚になった。セイナが作った(といっても糸を通しただけだが)ブレスレットの天然石に珍しいものが含まれていたのと、現在『降臨祭』とやらの期間中らしく、色をつけての高価買い取りらしい。屋台の値札には銅貨や鉄貨と書かれたものが多かったので、日常生活で小金貨は使い難そうだと全て銀貨にしてもらう。
「あと、商業ギルドの登録って、お店を持ってないと駄目ですか?」
「いいえ、屋台や貸し店舗で営業されてる方もいらっしゃいますよ。何かご予定が?」
「さっきのようなアクセサリーを販売できればと」
「職人さんですか? 先程のブレスレットも、ご自分で作られたようですし。そちらの細工も?」
職員が目を留めたのは、鞄に付けていた組紐ストラップだ。修学旅行で京都に行った時に、伝統工芸体験で作った思い出の品である。我ながら良く出来ている自信作。さっき売り物を物色した時には見逃していた。
「はい、自作です。これも売れたりします?」
「もちろんです」
よし、売ろう。
思い出は小金貨2枚で売れた。ブレスレットと違って素材は紐だけなのに、珍しい編み方、紐の発色の良さから査定額が高くなった。ありがたい。
組紐は一時嵌って沢山作ったので、今でも作り方を覚えている。もっと複雑なものや、花やトンボなどのモチーフも作れる。良い収入源になりそうだ。
ホクホクと小金貨2枚も懐に収め、商業ギルドの登録に移る。よくある金属板に血を垂らす登録方法で、特に問題もなくスムーズに──
「いたいの──」
「あー大丈夫、もう血も出てないから!」
危ない危ない、回復魔法が発動するところだった。だいぶ時間が掛かったし、セイナも退屈で、うっかり優しさを発揮してしまったようだ。そろそろお暇しなければ。この職員さんに、『青髪の』オレを印象付けられただろうし。
実はオレ、街に入る前から青髪のウィッグを被っている。ハロウィン仮装で使ったもので、併せて衣装も海賊仕様だ。生成りのシャツに真っ青な長いベストと赤茶色の幅広ベルトという簡易版だが、色味が派手でかなり目立つ。
それからセイナも、ネコ耳カチューシャとネコ尻尾を外したうえで、オレが着ていたパーカーを裏返して着せてある。リバーシブルのパーカーは裏地が水色で、真っ黒な黒猫の仮装から印象が一転。たいへん可愛らしいのは変えようがなかった。
これらは商業ギルドの登録カードを伝って、『召喚されて来た兄妹』を探されにくくする為の工作だ。
万が一あの偉そうな連中がオレ達を探すとなったら、召喚時の格好をもとに似顔絵でも作るだろう。黒髪黒目、黒のパーカーにジーンズの、地味男。そんな男が商業ギルドに来ていたなーなんて思い出されたら、そこからギルドカードの使用履歴を辿られて居場所特定なんてことも有り得る。
だけどこの派手な格好とオレのギルドカードを紐付けておけば、『この顔見たら110番』な事態になったとしても、別人だと判断してくれる、かもしれない。
ちなみにギルドの登録名も、本名ユウリのところを『ユウ』と区切って登録した。異世界で本名知られるのって怖いし。出来る限り保険は掛けておきたい小心者なので。石橋は叩いて渡るタイプです。
「色々とありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそご利用ありがとうございました。何かありましたら、またいらしてください」
丁寧に返されたが、たぶんここには二度と来ないだろう。さっさと聖王都からずらかるからな!




