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なんの用?

 野営地に着いてすぐ、オレは先頭馬車の馭者のイチさんに呼ばれた。会頭さんの部下の中でもそれなりの地位の人らしく、預かっている水樽のことも一任されている。セイナとジェイドを両手に応じると、水樽を4つ出してくれと言う。言われたとおり、4樽をアイテムボックスから出して地面に置いた。


「よし、印を付けるから、契約書を見といてくれ」


 水樽の封を確認し、イチさんが樽に確認印を捺す。確認印が捺されると水樽の色が変わり、契約書の預かり数がひとつ減る。4樽ぶん繰り返して引き渡しは完了だ。


「はい、確かに」


 オレが預かった水樽は全部で45樽。昼食時に2樽引き渡したので、今の4樽と合わせて今日の使用量は6樽になる。馬の飲み水は補充できるはずなので、このペースなら水が不足することはないだろう。


 ジェイドが水魔法を使えるのは秘密だ。バレたら男爵家が無理を言ってきそうだから、命の危機くらいの緊急事態までは黙っておく。

 ちなみにジェイドの水魔法では、洗濯や洗い物に使うためなら水樽2つぶんは出せるけれど、飲み水となると1日にやかん1杯が限界らしい。人が飲んで問題ないくらいの綺麗な水を作るのは、それだけ魔法操作が大変で、魔力も多く必要なのだそうだ。この年で難しそうなことが出来て、ジェイドは凄いなぁ。


 ゴロゴロと転がされる水樽の行く手には、男爵一家が乗ってきた馬車が見える。その向こうには、オレ達の馬車から降ろされたバスタブが鎮座しているのだろう、布で囲んだ空間があった。さっそくお風呂に入るんだ、男爵夫人。毎日入るつもりなら、せめて残り湯を洗濯に使うとかしてくれないかな。

 しばらく待っていると、空になった樽が戻って来たので受け取って仕舞う。これで今日の仕事はお終いだ。近くに設置された水樽から水を汲み、両手で抱えて持ち帰った。


 オレ達の馬車へと戻ると、ヘリオスさんとアステールさんが着々と野営の準備を進めてくれていた。馬車の屋根と支柱を使ってタープが張られ、かまど用の石が積まれている。薪に火をつけようとしていたヘリオスさんが、戻って来たオレ達に気づいて火打ち石を鳴らした。時代劇かよ、いやあれは出掛ける時だったか?


「お帰り、お勤めご苦労さん」


「ヘリオスさん、アステールさん、設営ありがとうございます。水、これで良かったですか」


「おお、サンキュー。セイちゃんとジェイドもありがとな」


「手伝えることありますか?」


 和気あいあいとスープを作り、車座になって夕食。串焼き肉をおすそ分けしていると、隣の馬車から女性が2人、近づいてきた。冒険者二人組だ。昼間は男爵家の騎士達に媚びを売っていたので、正直あまり印象が良くない。ここまで全く関わってこなかったのに、なんの用?


「こんばんは。美味しそうな物食べてるのね、あたし達にもくれないかしら」


 いきなり肉を寄越せときた。うーん……仲良くしたい相手やお世話になった人なら、自分から積極的にプレゼントしてくけど、この人達は……。初手からクレクレ言う人には渡したくないなー。一度でも渡すと増長しそうだし。


「交換なら良いですよ。何をくれます?」


「あら、ケチなのね」


「商人なので」


 ニッコリと営業スマイルを浮かべると、向こうも笑顔を浮かべて擦り寄ってきた。その目が獲物を狙うヘビそのもので、思わずセイナを抱き寄せて抱え込む。女性冒険者は、そこで初めてセイナに気づいたかのように、


「あら、可愛いわね。あたし、こう見えて子どもが好きなのよ。お姉さんのとこにいらっしゃいな」


 セイナへと手を差し伸べた。セイナがイヤイヤと首を振ると、一瞬顔を歪めて、でも瞬時に笑顔を取り繕う。


「どうしたの、恥ずかしいのかしら。ほら、おいでなさいよ」


 言いながら、セイナの腕を掴んで引っ張る女性冒険者。


「痛い!」


「ちょっ、何するんですか! 離してください!」


「大袈裟ね、このくらいで」


「痛い! おばちゃん嫌い!」


「はあ? 誰がおばちゃんよ、お姉さんでしょ、このクソガキ!」


 なにが、こう見えて子どもが好きなのよーだ、さっさとセイナから手を離せよ!


「おい、いい加減にしろよ」


 オレより先に、ヘリオスさんが女性冒険者の手を払い、間に立ってくれた。もう一人の前にはアステールさんがいて、杖を突き付けている。ジェイドが覆い被さるようにして、セイナの姿を隠した。一触即発。そこにイチさんが走ってきた。


「何事ですか、揉め事はやめてくださいよ」


「この女が、その子に乱暴しようとしてな」


「違うわよ! 遊んであげようとしただけじゃない!」


「無理やり腕を掴んでね、見てください、跡になってる」


 赤くなったセイナの腕を見せると、イチさんはこちらの味方をしてくれた。そもそもの原因が、オレが肉をただで渡さなかったせいだとの彼女達の主張も、呆れた声で一蹴する。


「持ち込みの食料は各個人のものですから、ただで貰えないのは当然です。最低限の食料品は渡しているでしょう」


「だけど、こいつらだけ狡いじゃない!」


「男爵家の皆様だって食料は持ち込まれてますよ。準備を怠った自分達の落ち度では?」


「急に出発になったから、準備する時間がなかったのよ!」


「それは皆さん同じです」


「あたし達はアイテムボックスなんて持ってないんだもの、少しくらい分けてくれたって良いじゃない!」


 何を言っても非を認めない女性冒険者達に、イチさんがうんざりとため息を落とす。こちらに視線を寄越すので、オレもため息と共に引き取る。


「お金を払ってもらえば売りますよ。旅先なんで、相場より高くなりますけどね。でもその前に、妹に乱暴したことを謝ってください」


 まずはセイナに謝れ、話はそれからだ。こんな奴等には、0円だろうがスマイルを売りたくないので、真顔で淡々と言ってやる。しばし睨み合っていたが、どう足掻いても無駄だと諦めたのか、女性冒険者達は盛大に舌打ちして離れていった。


「……はー、何なんだあれ。ユウ、災難だったな。セイちゃんも大丈夫か?」


 ヘリオスさんの一声で、緊張を孕んだ空気が弛緩する。腕の中のセイナとジェイドも、一気に力が抜けている。


「皆さん、ありがとうございました。イチさん、お騒がせしてすみません」


「いや、あんたは悪くない。だけど気をつけな、あの手の輩は仕返しに、何かしてくるかもしれない」


 何かあったら言ってくれと言い残し、自分用のテントに戻っていったイチさん。オレ達はげんなりした気分で夜を迎えた。

 

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