出発します
串焼き肉を大量買いした次の日。テントの外の騒がしさで、オレは目が覚めた。切羽詰まった声がオレを呼び、ドンドンと何かを叩く音がする。音の度にテントが揺れるので、どうやら力一杯テントを叩いているらしい。布製のテントがたてる音じゃないが、テントの硬度を上げた影響だろう。
「……何だよこんな朝っぱらから」
正直悪い予感しかしないので、居留守を使いたいところだ。しかし、暫く経っても一向に声が途切れることは無く、オレは仕方無しにテントの入口の布を押し開けた。
「はい、何かご用」
「ユウさん! 直ぐにお支度を! 馬車が出発します!」
立っていたのは乗り合い馬車の事務所で会った、会頭さん。馬車の出発日時を知らせに来てくれたようだが、ひどく慌てている。
「わかりました、いつですか?」
「直ぐです!」
「はい?」
「男爵家の皆様の朝食がすみ次第、直ぐです!」
「はあ!?」
大慌ての会頭さんにそのまま連行されそうになったので、急いでセイナを抱え、ジェイドをテントから出す。ジェイドは既に起きてリュックサックを背負っていた。全員出てからテントをアイテムボックスに収納し、急かされるままに足を動かす。
だけど男爵家? あの男爵家? 関わりたくないから次の便に、駄目ですか、そうですか……。
聞けば、乗り合い馬車の事務所に連絡がきたのも、今朝になってかららしい。そのため事務所もてんてこ舞いで、会頭さんまで文字通り朝から走り回っているのだとか。本当にはた迷惑な一家だな!
幸い商業ギルドと乗り合い馬車の事務所は近い。オレが息切れでゼーゼーいい出す前に、待合所前に到着。事務所を素通りし、倉庫へとたどり着いた。
「ユウさん、こちらが運ぶ荷物です。少々増えてしまったのですが……」
「いや少々って量じゃないでしょ!」
積み上げられた荷物の量は、倍以上になっている。特に水樽。倉庫からはみ出してるんですけど?
「申し訳ありません。男爵夫人のご要望で、風呂用の水が追加されまして」
野営で風呂に入る気なの? お風呂大好き日本人だって、体拭くくらいで我慢するわ!
……いや実は、テントに風呂トイレを実装しようかとは考えてたけどね。魔力量が足りないのか、出来なかったんだよね。でも出来なくて良かった、風呂トイレ完備のテントなんて、知られたら確実に取り上げられるよ。
そしてこの大量の荷物も、全部アイテムボックスに入ってしまったら、絶対に目を付けられる。今だって規格外だと思われてるのに。
「すみません、この量は無理です。先日の荷物でほぼ満杯だったんですよ」
「ですがここ数日、大量の食料品を買われてますよね」
監視でもされてたの?
「はい、それで満杯になったんです」
キッパリと言い切ると、会頭さんは頭を抱えた。申し訳ないです、ご期待には沿えませんので仕事はまたの機会に、いやそんな目で見られても、入らないものは入らないんで。
どうにか男爵家御一行との同行から逃れたかったけど、仕事はキャンセルされなかった。オレのアイテムボックスには限界まで水樽を詰め(たことにして)、食料品は馬車の隙間に詰め込んで、残りの雑多な荷物は馭者台や箱馬車の屋根に括り付ける。それでも全ては運べなくて、特に水樽は4分の1近くが残ってしまった。
「ありがとうございます、これで何とか、節水すれば何とか……」
祈るような会頭さんと魔法契約書を書き直し、待合所の前に戻ると、ちょうど男爵家御一行と鉢合わせた。こちらを一瞥することもなく、3台連なる先頭の、見栄えの良い箱馬車に乗り込む男爵家の面々。男爵夫妻とその息子、プラス従僕の4人で1台を使うようだ。続く2台目の馬車には、侍女らしき女性2人が乗り込んだ。あとは立派な軍馬に騎乗した騎士が4名。計10名が、男爵家御一行様。
それから3台目の、他2台よりも質素な箱馬車の扉を開けているのは、いかにも冒険者風の二人組。全身を鎧兜で覆われた男と、ゆったりしたローブに仮面をつけた人だ。仮面というより被り物か? 金属製の四角い箱で顔の前面を覆い隠し、頭頂部から側頭部にかけてフードと繋ぎ合わせてある。怪しさ満載。
「どっちにする?」
先頭の馬車には何があっても乗りたくないので、2台目と3台目の馬車を指差し相談する。オレのお勧めは2台目だったが、セイナが何故か嫌がり、3台目の馬車に乗ることにした。
「じゃ、お約束。この3人以外の人がいる所では、静かにな。どうしてもお話したい時は、内緒の声で」
「うん」
内緒話の声量でお返事するセイナ。オレも小声で続ける。
「それから、『きれいきれーい』も『痛いのとんでいけー』も、兄ちゃんが良いよって言った時だけだよ」
「わかった!」
大丈夫かな、不安だな。
オレ達3人も馬車に乗ろうとしていると、あと2人、女性の冒険者が走って来た。さっさと2台目の馬車に乗った彼女達と、それぞれの馬車の馭者さん3人で全員揃ったらしい。
「それでは出発します!」
会頭さん達に見送られ、隊列が動き出す。先行きの不安を映すかのように、空はこの世界に来て初めての灰色だった。