住環境を整えよう
食料品を買いながら、帰ってきました商業ギルド。建物の横の小道を入ると、倉庫が3つ並んでいる。その右端の倉庫から、ちょうど出てきた女性に声を掛けた。
「すみませーん、商業ギルドの方ですか? ギルド長からテント張っていいって許可をもらったんですが、何処なら邪魔にならないですか?」
何処か町中でテントを張れる場所がないか聞いてみたら、商業ギルドの敷地内ならオーケーだと許可を出してくれたのだ。あれこれ融通をきかせてくれたうちの1つである。
「ああ、聞いてます。そこなら大丈夫ですよ」
女性ギルド員さんが教えてくれたのは、右端の倉庫の前方、ギルドの建物の真裏である。お礼を言ってアイテムボックスに手を突っ込むと、中をゴソゴソ。ソート機能が欲しいなーと思いながら探すと、テントはすぐに見つかった。デカイからね。
よっ! と引っ張り出した自立式テントの大きさに、ギルド員さんは目を見張っていたが、気にせず中に入る。奥側に敷いた毛布の上に、背中のセイナを下ろした。
さて。セイナが寝ているうちに、実験開始である。まずは先ほど箱買いしたジャガイモを取り出して、ジャガイモを他の袋に入れ替える。空になった木箱にジェイドを入れてと。猫って箱とか好きだよね、箱の中で体育座りするジェイドが嬉しそうだよ。
「ジェイド、今日からこの木箱がジェイドの家な。ジェイドが許可した人しか入れない、安全な家だから」
「はい! こんな立派な家をありがとうございます!」
ピカッ!
「じゃ、ジェイド、ちょっと家から出てみて」
少し名残り惜しそうに木箱から出てくるジェイド。そして留守宅に不法侵入しようとするオレ。何とかして入ろうとしたが、木箱から弾かれる。傍から見ると、見えない壁を押すパントマイムみたいになってるだろう。
「うん、じゃあジェイド、オレをジェイドの家に招待してくれる?」
「え、えーと、師匠をボクの家にご招待します」
特に光ったりはしないけど、いけるか? オレがゆっくり手を入れると、今度は木箱の底に手がつく。足も弾かれることなく、無事着地できた。
お解りだろうか?
自立式テントを見て家みたいだと思ったオレ。これをスキルの材料にして、住環境を整えようと考えた。オレの『ごっこ遊び』の欠点は材料と完成品の大きさが変えられないことだが、このテントならば十分3人で暮らせる。だから普通のテントを凄いテントというか、凄い家に変化させれば、野宿も安全安心だなと。
ただ、漠然と「凄い家になーれ」とやっても、どんな風に凄いのか知らないと後々困りそうなので。細かく設定していくつもりである。一気にあれもこれもと欲張ると、必要な魔法力がえげつないことになりそうだし。テントを材料にして頑丈な家に変化させ、その頑丈な家を材料にして頑丈で快適な家に変化させて───と、順々にアップデートさせていけたらと思う。上手くいくといいなー。
ひとまず今日のところは、他人が勝手に家に入れないようにしよう。まだ眠っているセイナを再び背負い、外に出ようとして。
「あ。光るの見られたら拙いよな」
引き返して、もう一度実験。今回はオレが木箱に入る。と言っても中には座れず立ったまま。ジェイドには周りから観察してもらう。
「ジェイド、家に欲しい機能ってある?」
「空腹を感じなくなるのは」
「却下! 危ないから! お腹減ったら言ってよ、ご飯だけはちゃんと食べさせるから!」
まったくもう、ジェイドはオレがメシ抜きの刑とかすると思ってるのか?
「……ごめんなさい。お腹減るのが、一番、辛かったから」
「もう! ホントにもう! 罰として、これを完食すること! 今!」
おまけでもらった知らない果物を渡し、アイテムボックスに入れようとするのを止めて食べさせる。お店でお金を払うのが初めてだというジェイドに、初めての買い物記念だと、果物屋のおじさんがくれたのだ。ジェイドの物なんだから遠慮なく食べればいいのに、そうやってすぐ、取っておこうとするんだから。
もぐもぐするジェイドの頬が緩んでいる。美味しいんだな、よし、明日また買いに行こう。
「ジェイド、食べながら見といて。ジェイドの家はいつでも温かぬくぬくだからな!」
猫って温かい場所も好きだよね。コクコク頷くジェイドが凝視する中、オレは木箱の内側に手を当てる。ピカッ!
「どうだ? 外側は光らなかったように見えたけど」
「はい。箱の縁から光が漏れてましたけど、箱自体は内側の師匠の手の辺りしか光ってないと思います。」
オレにもそう見えた。オレの手が触れている部分しか光らないようなので、テントの内側、ギルドの建物と接している辺りでスキルを使う。ここなら外側が光ったとしても人目につかない。
「ジェイド、このテントはオレ達3人の家だ。セイナとジェイドとオレが許可した人しか入れない、安全な家だからな」
「はいっ!」
ピカッ!
光った途端、何かが勢いよくオレの右手から流れ出て、テントに流れ込んだように感じた。ごっそりと何かが奪われたせいか目眩がする。たぶんこれ、オレの魔法力が大量に使われたんだろうな。ぼんやりと霞んだ意識の外で、微かにジェイドの声がする。
「師匠、師匠! 大丈夫ですか、師匠!」
「……大丈夫、たぶん魔法力が尽きただけだから」
「魔法力が尽きたら死んじゃいます!」
え、そうなの?
オレはシクシクと泣くジェイドから、懇々と叱られた。反省してます、知らなかったんだよ、今度から気をつけるから。何度も繰り返してやっとジェイドが落ち着いた頃には、日が暮れて、ギルド建物には煌々とした明かりが灯っていた。さすが商業ギルドはお金持ち、夜でも明るい。
「本当に反省してますか?」
ちょっと意識を他に向けたら、ジェイドがじっとりとした目で見上げてきた。反省してます、ほんとゴメンね。