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大みそかはオヤツ食べほーだい

「ギルベルトはな、見た目はドラゴンのようだが中身は乙女なのだ」


 国王陛下のお部屋から撤退し、帰路についたオレとリヒトさん。失神した陛下は侍従さんにお任せしたのだが、介抱する手際がね、とても手慣れていた。どうやら本当に、陛下は度々ショックで気を失うらしい。倒れた陛下を見た侍従さんが、またかよって顔してた。


「それでも王としては優秀なのだが、ここぞという時に弱腰で、軍務大臣に舐められている。僕が毎回出て行って、睨みを効かせるにも限界があってな。ユウを巻き込んでしまった。すまぬ」


 背後でリヒトさんが頭を下げる気配がする。天馬に二人乗りしていて、前にいるオレからは見えないけれど、リヒトさんに謝られることなんて無い。オレは首を横に振った。


「リヒトさんは何も悪くないです。それよりも、王家の相談役を辞めても良かったんですか?」


「ああ、あれもいつものことだ。何かある度に、辞表を叩き付けてやっているのだ。ギルベルトの執務机の抽斗ひとつ、僕の辞表で埋まっているぞ!」


「ええぇ……」


「辞表を叩き付けると、しばらくはギルベルトが頑張るからな! 王宮からの呼び出しがなくて楽なのだ!」


 リヒトさんの声が、いつもの調子に戻ってきた。お怒りが収まったみたいでホッとしたよ。もう一刻ほどで新年を迎えるのだ、嫌な気分で年越ししたくないからね。

 オレはお年賀にする予定で持参したお土産を、お歳暮に回すことにした。


「リヒトさん、手を」


 横から出された指の長い手の平に、しずく型のペンダントトップを乗せる。拳闘樹の涙の中に、紙で作った白百合の花と葉っぱを封じ込めたものだ。百合の花びらのカーブが絶妙で、我ながら上手く出来た自信作である。

 リヒトさんが息を呑む気配がした。


「お歳暮です」


「オセイボ、とは?」


「ええと、お世話になった人に年末に贈る、プレゼントです。来年もよろしくお願いしますって」


「……素晴らしい! ありがとう、これも何とも美しいな!」


 はしゃいだ声に嬉しくなる。うんうん、リヒトさんは、こうでなくっちゃ!


 上機嫌になったリヒトさんと屋敷に戻ると、まだセイナ達も起きていた。昨年のセイナは新年になるまで起きてるんだって張り切って、でも新年になる前に眠ってしまっていたけれど。今年はまだ目がパッチリだ。オレが部屋に入ると飛び付いてきて、真ん丸なお目々で見上げてくる。


「お兄ちゃん、大みそかはオヤツ食べほーだいだよね!」


「そんな最高の風習があるのか?!」


 ヘリオスさんが大喜びだが、別に日本の風習ではない。オレ達の実家では、そうだっただけなんだけど。でも、セイナのこの期待に満ち満ちた目を前に、違うなんて言えないよね。


「ちゃんと寝る前に歯磨きするって、約束できたらね」


「はいっ! セイ、ねる前にちゃんとハミガキします!」


 宣誓! って感じでセイナが手を挙げて約束したので、テーブルに菓子器を出す。ヘリオスさんがセイナに並ぶのを見て、オレは菓子器を追加した。


「はいっ! 俺も、寝る前に歯磨きするぞ!」


「はいっ! 僕も歯磨きは毎晩している、当然今夜も忘れないとも!」


 ビシッと真っ直ぐに手を上げて、ヘリオスさんと、リヒトさんまで宣誓する。ヘリオスさんはやると思ったけど、リヒトさんもか。


 せんべい等の米菓子や、ポテトチップスにチョコレートを掛けたもの等、こちらでは珍しいものを並べていると、メイドさん達がお茶の準備を始めてくれた。澄ました顔でお茶を淹れるメイドさんが、オレが並べた茶菓子をチラチラと気にしている。ここでもお年賀をお歳暮に回すべきだろうか。でも、この人達は仕事中だしなぁ。

 悩んでいるオレの隣で、セイナがジェイドとアステールさんの手を左右に持って、バンザイした。


「ほら、ジェイドとアズちゃんも、おやくそくして! お兄ちゃんにおやくそくしたら、おかし食べほーだいだから! みんなも!」


 セイナが周囲を見回して、部屋にいる人達に呼び掛ける。


「美味しいものはね、みんなで食べたら、もーっと美味しいんだよ!」


「ハハハッ、そうだな! 我が義娘の言葉は正しい! 今夜は無礼講とする!」


 リヒトさんの言葉に戸惑う、お屋敷の使用人さん達。顔を明るくしつつも周囲の様子を窺う面々のなか、スッと上品に手を挙げたのは執事さんだ。全員が固唾を飲んで見守る中、執事さんは生真面目な顔をオレに向けた。


「ユウ様、わたくしは、就寝前に必ず歯を磨くと、約束いたします」


 そこからは、使用人さん達が入れ替わり立ち替わりオレの前にやって来て、歯磨きしますと約束していった。オレはそれにハイハイと適当な相槌を打ちながら、アイテムボックスにストックしていたお菓子を並べた。厨房からも洋菓子や軽食が運び込まれ、ジュースで乾杯。セイナとジェイドが居るから気を遣われたのか、飲み物は全てノンアルコールだ。

 ジェイドとアステールさんも、もちろん歯磨きの約束をして、今はセイナと一緒にチョコ掛けポテチを食べている。甘いのとしょっぱいのが1つになった、奇跡の食べ物だよね。使用人さん達にも一番人気だ。さっきレシピを教えたら、シェフが厨房に走っていったから、そのうち揚げたてのチョコ掛けポテチがやって来るはず。それまでオレは、ケーキで甘くなった口の中を、果物でサッパリさせよう。


「ユウ、あのリンゴを作ってくれ! 屋敷の者に覚えさせたい!」


 果物ナイフを握ると、リヒトさんが来てスワンリンゴを強請る。


「良いですけど、新年までですよ。オレ、年が明けたら数日は働かない予定なので」


 シェフは厨房で揚げ物中なので、デザート担当だというコックさん相手に臨時のフルーツカービング教室を開催。スワンやウサギ、バラの花を作っていると、鐘の音が聞こえてきた。あの行進を思い出し、ビクリとするオレ。


「大丈夫、新年を報せる教会の鐘ですよ」


 アステールさんが、セイナとジェイドを連れて来た。ヘリオスさんも寄って来る。家族皆で声を揃えて。


「「「「「新年、あけましておめでとう!」」」」」


「おめでとう! 狡いぞ! 僕にも教えておいてくれ!」


 リヒトさんにちょっぴり拗ねられてしまった。ごめんなさい、来年覚えていたら教えます。でも、今のは前もって打ち合わせていたんじゃなくて、皆の心が1つになっただけなんだよね。


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