ロックドラゴンで空の旅
「ユウくーん、お待たせー!!」
岩長さんが帰ってきた。今日はトンボみたいな羽の生えたトカゲに乗っていて、ロックの背中に着地しようと高度を落としてきたんだけど。
「あ、あれー? なんで降りられないかな」
空中に見えない壁があるように、一定の高度で引っかかっている。苦虫を噛み潰したようだったヘリオスさんの顔が、満面の笑顔に転じた。
「きっちり接近禁止魔法が発動してるな!」
「あ、そういえば、そんな契約結んでたっけ」
すっかり忘れてたよ、岩長さんがオレ達のことを他者に伝えたら発動する、接近禁止魔法。たぶんリヒトさんに、オレと親友だなんて偽情報伝えたせいで、発動したんじゃないかな。
モモンガ君にお願いして、岩長さんにお手紙を運んでもらう。岩長さんも魔法契約をすっかり忘れていたようで、上空からアーッだのウウウだのと、騒がしい独り言が聞こえてきた。そして、引き返してきたモモンガ君に託された、岩長さんからのお返事には。
「ええと──一旦ロックから降りてほしいそうです。で、岩長さんがロックの背中、オレ達はロックが前脚で運んでくれるって」
「危なくないか? ロックドラゴンの飛行スピードの影響を、もろに受けるだろ」
「ユウ君のテントに入って、テントごと運んでもらいましょう」
また手紙を往復し、アステールさんの案が採用されることになった。
テントに入って入口から外を覗いていると、視界の端で、アステールさんがロープを取り出している。渡されたロープに首を傾げるオレに、ジェイドにロープを巻き付けながら、ヘリオスさんが言う。
「セイちゃんに結んどけ。テントから落ちないように」
「ユウ君もです。滝から落ちた時よりも高いですからね、私の結界と、セイちゃんの結界を重ね掛けしますよ」
急いでセイナのウエストにロープを巻いて、オレと結びつける。皆がテントから飛び出さないように設定すればと、ふと思ったが、オレに何かあった時にテントから出られなくなるかもと思い直した。ギッチリとロープを本結びしていると。
ガチッ、メキッ……
不穏な音に手が止まる。そして、エレベーターで上昇するときのような浮遊感。セイナを抱き込みヘリオスさんに抱き込まれ、アステールさんの結界で包まれる。ロックドラゴンで空の旅と聞けばファンタジー感満載だけど、不安しかない。このテント、ロックの握力で潰れないよな?
「ユウ君、あの時と同じように」
「はい。セイちゃん、危ないから寝っ転がろうね」
「セイ、お外見たい!」
「うん、寝っ転がってから、見せてあげるから」
入口にセイナとジェイドを並んで寝転ばせ、オレとアステールさんが覆い被さり、ヘリオスさんが押さえる。入口の布を少しだけ持ち上げると、既に雲の上だった。白いさざ波のような雲の海が広がる底には、深い森がある。
「サウスモアとの国境の、エルフが住む森でしょうね」
深い森の奥に住むエルフに思いを馳せていると、胸の下のセイナがオレの手をペシペシ叩く。セイナの小さな指に誘われて目線を上げると、左から右へと流れる雲の向こうに、天を突く大樹が見えた。
「世界樹だ」
「あれが」
「おっきいねー!」
「はい、あんなに大きいなんて」
「お兄ちゃん、おうちのモモの木と、どっちが大きいの?」
「あの木じゃないかなぁ」
ウチの桃の木もかなりの大きさだけど、世界樹の幹には町があるらしいからね。天辺は霞んで見えないし。
「あの木はくだものできるの?」
「世界樹にも実はつきますが、果物というよりも薬ですね」
「だったらセイ、うちのモモの木のほうがスキ!」
のほほんと会話をする間にも、眼下の景色は猛スピードで流れていった。雲が晴れ、森の木が疎らになって林になり、草原になる。真っ直ぐだと思っていたレヌス川が、実は緩やかに蛇行しているのがよくわかる。
やがて、行く手にバースデーケーキのような、巨大な城塞都市が見えてきた。円い外壁に囲まれたサウスモアの首都だ。外壁の八方にある尖塔が蝋燭のようなんだけど、そのうちの1つに火がついているように見える。ロックが高度を下げてゆくと、それは火ではなく、オレンジ色の大きな旗を数人がかりで振っているのだと知れる。
「あれは何の旗ですか?」
「ああ、友好の旗ですね。敵意は無い、歓迎するとの意思表示です」
「要は、頼むから攻撃しないでくれってことだ」
ロックに対する白旗みたいなものかな。聖王都へのロックドラゴンアタックの情報は届いているだろうからね。サウスモアは、岩長さんのダーリンが興した独立国と友好国になると聞いたけど、これって示威行為になったりしないよね……。
両国の国交を心配していると、頭上から岩長さんの声が聞こえた。
「ユウくーん、今日は急いでるから、あの辺で下ろすよー!」
オレは慌ててセイナに頼む。
「セイちゃんっ、『バリア』お願いっ!」
「うん! 『バーリア』っ!」
ビカッと眩い光とともに、団子状になったオレ達を、半球状の結界が覆う。グングン高度が下がって地面が近付いて、着地の衝撃に備えて体に力を入れると。
ポイッ!
ロックがオレ達のテントを放り投げた。
「はああああ?!」
ゴロンゴロンと地面を転がるテントの外で、岩長さんの声が響く。
「ユウ君、またねー!」
「ふざけんなー!!」
テントの中で揉みくちゃになりながら、オレは岩長さんに怨嗟の篭った叫びを返したのだった。




