忙しいリヒトさん
レインボーダンスフラワーの花びらは、どの色も染料として使える事が判明した。ここには無い赤色と藍色の花びらも同様ならば、虹の7色の新たな染料として活用できる。レインボーダンスフラワーは珍しい植物なので、相変わらず高価なものには違いないけれど、これでオレの魔法薬で染めたビビッドカラー折り紙の花の在庫が売れる! と喜んだのも束の間。
「待ちなさい。レインボーダンスフラワーは貴重な植物ですから、乱獲されないように根回しが必要です。情報の開示も慎重にしなければ」
知識欲が満たされてツヤツヤのアステールさんから、待ったをかけられた。確かにレイちゃんやレイちゃんの仲間が危ない目に遭うのはいけない。お口にチャックである。
「だが、商会には青い花の注文も入ってるらしいぞ? 受け付けてないのに勝手に注文書を置いていかれて困ってると言ってたな」
それはオレも聞いていた。王妃様に贈った青い紙花は、オレが故郷から持って来た最後の1枚で作ったもので、もう青い紙は無いってことにしているのにだ。商会では注文書を破棄することも出来ず、入荷次第対応ってことで凌いでいるそうだ。商会長さんの胃が心配である。魔法薬で胃薬が錬成できないかな。
「そうですね……レイちゃんを預けた魔法植物研究所にでも、協力を要請しましょうか」
「レイちゃんに会いに行くの!?」
セイナが顔を輝かせる。魔法植物研究所のあるタニカルの町は、サウスモアの首都に近いから、新年にリヒトさん家に行く時に足を伸ばせなくもないけど。
「リヒトさんに相談、かな」
レイちゃんの花びらについては一旦保留し、納品する紙花の製作に戻ったのだった。
夜になって、リヒトさんが帰宅した頃を見計らい、オレは通信魔道具でリヒトさんの家に連絡をとった。出たのは執事さんで、リヒトさんはまだ帰って来ていないという。
「リヒトさん、お仕事そんなに忙しいんですか」
「本日は、王宮での晩餐会に出席していらっしゃるので。ただ、年末で冒険者ギルドも忙しないようでして、お帰りの遅い日が増えております」
「そうですか。無理しないでくださいねって、お伝えください」
リヒトさんの年末年始の予定を聞いて、折り返しは必要ないからと念押しして通信を終える。リヒトさん、新年はサウスモアの王宮の舞踏会に招待されてたのに、断ったらしい。その理由が新しい家族との親睦を深めるためって、それで許されるのかが気になるところだけど、ひとまず横に置いといて。
「忙しそうですよね、リヒトさん」
「今は冒険者ギルドが一番賑わう時期だからな。新年に向けて金を稼ごうと躍起になって、揉め事も多い。リヒトも現場に駆り出されてるんだろ」
ヘリオスさんの持つコップにはハーブティー。セイナに嫌われないように、当分お酒は控えるらしい。アステールさんはアルコールに強くてほぼ酔わないそうだけど、ヘリオスさんに付き合って、こちらもジンジャーティーを飲んでいる。
「新年になれば、冒険者ギルドも暇になるのですが」
「どうして、新年は暇なんですか?」
「貴族の施しや振る舞い酒、教会の炊き出しで食うに困らないからな。その日暮しの連中は、そっちに行くからさ」
「どこの国でも新年明けて数日は、冒険者ギルドが閑散としているものです。ですからリヒト様も、年明けには時間に余裕が出来ると思いますよ」
だとしても、それは冒険者ギルドマスターとしてのリヒトさんの話だ。王族としてのリヒトさんは、新年は社交で忙しいはずだ。
「リヒトさん、新年にオレを家に招待するって言ってくれてましたけど。ジェイドの見習い冒険者登録も、サウスモアの首都でするんですよね。オレ達全員がサウスモアに行くとなると、リヒトさんに何往復もしてもらわなきゃいけないけど、大変なんじゃないかな」
「リヒトならサウスモアの航空師団から、ワイバーンでも借りて来るだろ」
「ワイバーンなんて来たら、サウスモアからの襲撃だとか思われませんか?」
「そこは王妃様に前もって知らせとけば、問題無いんじゃないか?」
なんて話をしている時は、平和だったよね。
夜遅く、オレが寝てしまってからリヒトさんから通信があったと、翌朝アステールさんが教えてくれたんだけど。伝言を聞いて、オレは気が遠くなった。どうりでヘリオスさんが、朝から不機嫌だと思ったよ。
「ロックドラゴンが来るそうですよ」
「……は?」
「石竜の聖女が、ロックドラゴンで来るそうです。米を買いに。その帰りにサウスモアまで乗せてもらっておいで、だそうです」
「はあ!?」
ワイバーンより悪いわ! リヒトさん、なんでよりにもよって岩長さんにオレ達の送迎させようなんて思ったの!?
「どうもリヒト様は、私達が石竜の聖女と懇意にしていると思われていたようで」
アステールさんの顔が死んでる。オレ達と岩長さんが仲良しだと思われてた? 何故!
「毎月律儀におにぎり定期便を届けているからです。リヒト様は石竜の聖女から、ユウ君とは親友だと聞かされていたそうで」
「そんなものになった覚えは無いです!」
「ですが、同郷で、定期的に交流があり、この国の王家との米の取引を仲立ちしている。リヒト様からすれば、ユウ君は石竜の聖女と親しい間柄に見えても不思議ではありません」
「そうかもしれないけど! 傍から見れば仲良しこよしでも、実態はかけ離れてるんだよー!」
などと心から叫んだところで、新年は直ぐそこだ。もう予定を変えるのは不可能だと、申し訳無さげにリヒトさんから謝られたそうだ。忙しいリヒトさんにリスケジュールしてもらう訳にもいかないよね……よし、もうしょうがないから受け入れよう。
オレが腹を括ると、アステールさんも、
「もうここは開き直って、ロックドラゴンを利用しましょう。ユウ君がロックドラゴンに乗っているのを見れば、面倒な貴族も大人しくなるでしょうし」
なんて言いながら、悪い顔で笑う。面倒な貴族をプチッとする想像でもしてるのかな。悪の華って感じのアステールさんも綺麗だね。ヘリオスさんの機嫌が治って、離れていた子ども達が近寄ってくる。
「お兄ちゃん、ドラゴンさんが来るの?」
「うん、ドラゴンに乗って、リヒトさんのお家に行くんだよ」
「リヒトパパのおうち? たのしみ!」
「うん、楽しみだね!」
ロックドラゴンの乗り心地って、如何なんだろう。敷物でも用意しとこうかな。




