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こんな色でしたっけ

「ただいまー」


「「「「おかえりなさーい」」」」


 東レヌス商会に行っていたヘリオスさんが、頭にウルを乗せて帰って来た。ちょうど一服していたので、工房の簡易キッチンにカップを取りに行き、ポットから紅茶を注ぐ。蜂蜜をどっぷり入れて飲むヘリオスさんの前に、ココットに入ったプリンを置いた。オーブンで焼いた固めのプリンだ。

 早速スプーンで掬って口に運んだヘリオスさんに、アステールさんが話し掛けた。


「外は如何でしたか」


「増えてるな。商会にも見張りがついてた。ウルが来てくれて助かったよ」


 ヘリオスさんに指先で撫でられて、ウルがパタパタと尻尾を振った。頑張ったウルにもプリンをやると、ピョンとココットの縁に飛び付いて、頭を突っ込んで食べ始める。ウルの体の大きさだと、丸ごとは多いだろうか。


「冒険者ギルドにも問い合わせがあったらしい。冒険者のユーが職人のユウと同一人物なら、指名依頼を出したいってな」


 しかめっ面で答えたヘリオスさんが、蜂蜜入りの紅茶を飲んで、ふぅ、と息をつく。更に蜂蜜を投入し、もうそれは紅茶入りの蜂蜜なんじゃないかって代物にして、また一口。やっとひと心地ついたのか、目元を緩めた。


「ユウ君の冒険者ギルドカードは、返納した方が良いでしょうね」


 ヘリオスさんと交代するように、厳しい顔になったアステールさんが言う。


「だな。身分証が必要なら、職人ギルドに登録すれば良いし」


「いいえ。それでは職人ギルドを通して圧力が掛かります。身分証はリヒト様にお願いしましょう。サウスモアの王族の養子として。セイちゃんのものも準備して頂ければ、たいていの事は何とかなります」


「それ、リヒトさんに迷惑が掛かるんじゃ」


「今こそ宝石石鹸を渡す時です」


 わーい、死蔵されてた宝石石鹸の出番だよ! 在庫一掃してやるぜ!


 一服して作業に戻り、お手伝いに加わったヘリオスさんが、外の様子を教えてくれた。庭を囲む生垣の向こうでは、貴族の私兵やら金持ちのお抱え冒険者やらが、オレが出てくるのを待ち構えているらしい。その人達のせいで出入り口が使えないので、精霊様の眷属たるモモンガ君が、裏口を作ってくれたそうだ。


「面白かったぞ。壁になってるブドウの蔓が、ウニョウニョ動いて穴を開けてくれてな。俺達が通り抜けたら閉じるんだ。帰りも近くまで来たらモモンガが飛んで来て、また壁に穴開けてくれて」


「良かった。ヘリオスさんとトールなら、大丈夫だとは思ってましたけど」


「ああ。だけど、トールも目立つからな。明日からはフレイに乗って行くよ」


 オレの代わりに紙花の納品に行ってくれたヘリオスさんに、キャラメルを渡す。子どものお使いじゃないけどね、ヘリオスさんは甘味が一番嬉しいだろうから。


「おっ、サンキュ」


「お兄ちゃん、セイも!」


「あっ!」


 セイナがオレの所に来ようとして、隣にいたジェイドにぶつかった。咄嗟に支えようとしたジェイドの手から、ちょうど身に付けようとしていたペンダントが滑り落ちた。


 チャポン。


「あああっ、ごめんなさい!」


 拳闘樹の涙を入れた器の中へ落ちたのは、オレがジェイドに貸していた「レイちゃんの花びら(青)」のペンダントだった。慌てたジェイドが手で拾い上げようとするのを、アステールさんが止めている。

 オレがそばに寄ると、ジェイドが勢い良く頭を下げた。


「ごめんなさい師匠、ボクのせいで」


「ジェイドは悪くないよ。セイちゃん、急に走ると危ないよね?」


「はーい。ジェイド、ごめんね」


「いいえ、ボクがちゃんと持ってなかったから」


「はい、お終い。次からは気をつけようなー」


 オレは2人の頭に手を置いた。揃って神妙に頷くので、ニコリと笑ってみせる。それからペンダントを救出すべく、お箸を片手に拳闘樹の涙が入った器を覗いた。んん?


「アステールさん、拳闘樹の涙って、こんな色でしたっけ」


 アステールさんがオレと並んで、器を覗き込む。目を眇めて、少しずつ顔を器に近付けて……。


「……青い、ですか?」


「青い、ですよね」


 無色透明なはずの拳闘樹の涙が、うっすらと青いのだ。気のせいじゃなかった。


「しかも、何だか色が濃くなっているように見えるのですが」


「オレもそう見えます。これって、もしかして?」


「ええ、そうですね! ユウ君、大発見ですよ!」


 アステールさんが至近距離から奥義『輝く笑顔』を浴びせてくる。オレの状態異常耐性がフル稼働しているうちに、ヘリオスさん、アステールさんを引き取って!


「何が如何した?」


 ヘリオスさんが救助に来てくれた。アステールさんの『輝く笑顔』が直撃し、赤くなるヘリオスさん。その胸に飛び込んで、追撃するアステールさん。とどめを刺すのは少し待ってもらって良いですかね。


「青! 青ですよヘリオス!」


「あ、ああ、そうだな」


 正気を保つので精一杯なヘリオスさんは、頭の中もアステールさんで一杯なのだろう。オレはお箸でペンダントを引き上げると、セイナに『きれいきれーい』してもらい、白いお皿に乗せる。そして、ひたひた程度の水でペンダントを、いや、ペンダントトップに入っている「レイちゃんの花びら(青)」を浸す。すると。


「わーっ、きれいな青!」


「青い……真っ青ですね」


 ジェイドの顔も真っ青な、濃い青の液体が出来上がった。そこに、真っ白い紙をゆっくりと沈めれば、白い紙がグングン液体を吸って、青く染まってゆく。


「新しい染料、しかも青です」


「素晴らしいです! ハッ、もしかして!」


 アステールさんが、自分の「レイちゃんの花びら(紫)」を胸元から取り出した。セイナも真似して「レイちゃんの花びら(橙)」を出して、ニッと笑う。そうだよ、原色の染料って種類が少ないんだよ。でも、これで他の色の花びらも染料として使えるのなら。


「ヘリオス、ジェイドも自分の花びらを出しなさい!」


 

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