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謹んで辞退いたします

「で、工房は新年初日から稼働するのかい?」


 リヒトさんに尋ねられ、オレは首を横に振った。だって、新年初日って、要はお正月だよね。正月早々に働きたくない、オレは毎年寝正月と決まっているのだ。そのためにはお節料理を準備して、仕事も前倒しで終わらせて、万全の態勢で臨む所存だ。

 年末に全力で働いて、正月はお菓子片手にゴロゴロダラダラ過ごす我が家の伝統を、今後も引き継ぐつもりのオレ。今年はセイナのお陰で大掃除が楽々なので、余力を他の労力に回せるから、新年5日目くらいまではグータラ出来るように万事整えられるはず。


「工房を開けるのは、新年明けて1週間くらい経ってからですかね」


 オレの返答に、商会長さんが目を剥いた。


「ユウ様、それ程余裕がお有りなのですか? でしたら花の追加生産を──」


「ダメなのだ、ユウは城の新年パーティーに参加するから忙しいのだ」


 王子の言葉に、今度はオレが目を剥いた。


「は? お城のパーティーになんか出ないぞ」


「そうはいかないのだ、ユウは王家御用達職人になったから、強制参加なのだ」


「いやオレ、王家御用達職人じゃないから」


「母上?」


 王妃様が王子の隣にやって来た。オレはヘリオスさんとリヒトさんに視線でヘルプコールを出す。アステールさんも呼びたいところだけど、半分寝ているセイナを抱えてソファに座っているから呼べない。代わりにジェイドが来てくれて、ヘリオスさんに抱っこされた。あ、リヒトさん、オレは抱っこ要らないんで。

 オレは自分の足で立ち、王妃様に相対した。頭を下げてお断りを述べる。


「王妃様、大変申し訳無いのですが、王家御用達の件、謹んで辞退いたします」


 王妃様は顎を引き、了承の意を示してくださった。お役御免と判断したヘリオスさんが、ジェイドを抱えてデザートコーナーへ。でも王子がほっぺたを膨らませて遺憾の意を表明しているので、リヒトさんは居残りしてくれる。


「何故なのだ? 御用達職人になったら、お城に遊びに来放題だぞ!」


「行きたくねー」


 おっと、正直に言い過ぎたせいで、王子が涙目だ。相手は子ども、オブラートに包まなきゃ。


「わたしとユウは、仲良しではなかったのか……?」


「ハル達は良いんだよ。だけど城には貴族とか、あー、えー、何と言えばいいか」


「この場で何を言っても不敬罪には問いませんよ」


 王妃様が苦笑い。すみません、オブラート探したけど見つけられなくて。


「えーと、城にははた迷惑な最高権力者がいらっしゃるだろ? 今だって周りに良い顔したくてこっちの迷惑顧みず勝手に紹介状バラ撒いて、それ持った貴族の使者だの貴族本人だのが押し掛けて来て迷惑してるのに、王家御用達なんかになってみろよ、毎日のように呼び出されては会食だの見合いだの迷惑極まりない事させられるだろーが。そういうのが心から迷惑なんだよ」


「そんなに父上が迷惑なのか?」


「ああ。迷惑してないと思った? もしかしてハル、あの人のやらかし聞いてない?」


「わたくしから話しましょう」


 王妃様が引き取って、国王様の所業を淡々と、あくまでも淡々と王子に話して聞かせる。王妃様の口元には微笑さえ浮かんでいるんだけど、少しずつ室温が下がってきている気がする。アステールさんが怒った時に似てるけど、ブリザードが吹き荒れるアステールさんとは違い、しんしんと底冷えする感じだ。王妃様がエピソードを話す毎に、王子の顔から血の気が無くなってゆく。


「──ですからユウ達が、国王を毛嫌いするのも当然なのです。王家御用達の件を受けてもらうためには、わたくし達が離婚するか国王を蟄居させるか追放しなければ」


 王妃様が不穏な事を言い始めた。王妃様もストレス溜まってるんだろうなー。お国の為に色々色々我慢してるんだろうなー。苦労もしてるんだろうなー……。

 オレは横からそっと、巨大桃と庭のブドウのパフェを王妃様に差し出した。疲れた時には甘い物が一番です。どうぞお召し上がりください。


 王妃様が無表情で特製パフェを食べだした。少しずつ表情が和らいでゆくのに安堵して、王子には温かいピーチティーを淹れる。


「ハル、オレが城に行かなくても、ここで会えるんだから良いだろ? いつでも好きに来て良いからさ」


「……仕方ないのだ。でも、わたしが王様になったら、その時は、王家御用達職人になってくれぬか?」


「ハルが、良い王様になったらな」


「約束なのだ!」


 オレと王子はお互いに小指を出して、指切りする。


「指切りげんまん──」


 歌い出してから、あっ、と思って途中で止めようとして、でもここで止めたらハルが悲しむよなと考え直し、たぶんきっと契約魔法を使えるのはセイナだから大丈夫なはず、だけど万が一なんてことを高速で考え──


「──嘘ついたらハリセンボンのーばす! 指つった!」


 キラン、と一瞬王子の指が光った気がした。だけどそれが、王子が薬指に嵌めた指輪が照明を反射したものか、光魔法の一種の契約魔法発動の光か判別がつかない、微妙な光り方だったんだよ。でも、途中からは替え歌にしたから契約魔法が発動してても被害は抑えられるはずだ。歌い出しを変えるのは間に合わなかったけど、約束を守ればペナルティは発動しない訳だし……。

 内心で冷や汗をかくオレを、王子が訝しむ。


「ユウ、わたしの知っている指切りと、少し違ったようだが」


「そうか? 地域によって違ったりすることもあるから、それでじゃないか?」


 なんとか誤魔化し、追加のパフェをテーブルに並べていると、まだオレの背後で待機してくれていたリヒトさんが、背中におぶさってきた。


「万事解決だな! ではユウ、新年は僕の家に招待しよう!」

 

「それはダメなのです! ユウが留守にしていたら、新年に遊びに来てもつまらない!」


「だが、ハルトムートは城の新年パーティーがあるのだろう?」


「あるけど、子どもだから夜の部には出ないから、また夜に遊びに来たくて」


「ならば昼間は留守にしても良かろう? 夕方には送ってこよう!」


 オレに相談も無く、オレの新年の予定が決められてしまった。寝正月が遠退いてゆく。ま、まあ、正月休みのうちの1日くらいは、挨拶回りも必要だよね。でも絶対に働くものか!


「ハル、来ても良いけど、おもてなしはしないからな。オレ、新年は作り置きで乗り切る予定だから」


「お節料理だな! ユウ、栗きんとんを入れて欲しいのだ!」


 はいはい、栗きんとんね。紅白なますと伊達巻きと鰤擬きの照り焼きと煮しめと、あとは諸々、和風のお節料理を準備してやるさ。餅つきもして、お雑煮も作らなきゃな。



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