花に囲まれて眠る猫
「なるほど、これは絶品ね。ハルトが何を押しても参加したいと駄々をこねるのも納得ですわ」
「母上、わたしは駄々をこねたりはしていません!」
「そうだったかしら」
上品に微笑む王妃様の手にする皿には、切り分けただけの桃が乗っている。サイズが規格外なだけで色や食感は普通の桃と変わらないが、味は桁違いに美味。それが巨大樹に生る桃である。丸ごと乗せられる大皿が無いので、新品のテーブルに布を敷いて置き、上部分から削いでいるのだ。
「他の果物も美味い、しかも美しい! 見たまえ、このリンゴの白鳥を!」
リヒトさんのお皿にはリンゴスワンが3羽。華やかさを演出するためにアチコチの皿に飾っていたのを、集めてきたようだ。リヒトさんが好きそうだと思って頑張ったのが報われた。リンゴスワンを鑑賞しながらも桃を食べる手が止まらない王妃様は、実は息子と同じで食い意地が張っているらしい。
本日は工房のプレオープンを祝して、お食事会を開催している。本オープンは年明けを予定しているので、身内だけのささやかなお祝いの席だ。招待客はリヒトさんを始め、王妃様とハルトムート王子母子、ヒルデちゃん父子、東レヌス商会長のポタモスさん、以上である。本オープン記念パーティーの予定は無い。
会場となっているのは、先日受け取ったばかりのオレの工房。巨大樹の南側に設置していて日当たり抜群なんだけど、今は夜。ロイヤルなお客様達が、この時間にしかお城を抜け出せなかったのだ。
早めに就寝したふりをして、秘密の通路から来てくれた王子達。服装も、寝巻きとまではいかないが部屋着に上着を羽織っていた。王子のリクエストでソースカツ丼を出してるんだけど、これならお好みソースの匂いがついても、まあ、許されるだろう。
深皿に盛ったソースカツ丼を手に取り、王子が一口パクリ。ゆっくり味わう顔は懐かしそうに緩んでいる。
「ソース味……美味しいのだ……」
王子のために小麦粉を米粉に変えて、トンカツを作ったからね。心ゆくまで食べてくれ。
「このソースというのは、ユウ様のオリジナルの調味料でしょうか。是非ともレシピを教えて頂きたく」
商会長さんは食事を楽しむというよりも、お仕事モードだ。取引先のプレオープンだから、仕事中とも言えるけどさ。今日は仕事の話は無しの方向でお願いします。
「いや、申し訳ございません。魅力的な商材が、こうも揃っていますと。商人の血が騒いでしまいまして」
「ソースは確実に流行るだろうからな」
うんうん、と頷くヘリオスさんは、ソースカツ丼2杯目だ。これぞ丼物の正しい食べ方だとばかりに、豪快にかっ込んでいる。
テーブルにはコロッケとか海老フライとかハムエッグとか、お好みソースが合いそうなメニューも並べている。夜遅くなるので揚げ物は重たいかなと思っていたが、皆さんよく食べる。王妃様やヒルデちゃんまで、ソースカツ丼に手を伸ばしてるんだけど。
王子がコロッケをソース浸しにしようとするので、ソースポットを取り上げた。
「掛け過ぎ。ハル、ずいぶん食べてるけど、お腹大丈夫か? お城で夕食食べたんじゃないの?」
「ユウのご飯を食べるために、夕食は抜いてきたのだ!」
「ええ? そこまでしなくても」
「お城の晩餐はいつでも食べられるけど、ユウのご飯はたまにしか食べられないから当然なのだ。母上も、今日の晩餐は控えていたのだ」
「ハルト。余計な一言は身を滅ぼしますよ」
「ユウ、向こうに飾っているのは何なのだ?」
慌ててその場を離れる王子に手を引かれ、壁面の棚の前に移動する。作り付けの棚は折り紙を収納するための物だが、まだ空っぽなのが寂しいなと、小物を置いているのだ。
「これは、豆皿か?」
「うん。色紙の端っこを集めて固めて、コーティングしたやつ」
「こっちは見覚えがあるのだ」
「あっ、そっとな! そのくす玉、まだ固めてないから」
オレが花を作る傍ら、セイナやジェイドが作った工作達である。たまにヘリオスさんやアステールさんの作品も紛れていたりする。
「で、この目立つ猫は何だね?」
後ろからヒョイと腕が伸びてきて、棚の一番目立つ場所に飾られた額縁を指差した。リヒトさんの指の先に描かれるのは、花に囲まれて眠る猫の意匠。ジェイドとセイナがデザインしてくれた、オレの工房のマークだ。
「このマークを、オレの工房の印にしようと思っています。ただ、これは表には出さないので、皆さんも内緒にしてくださいね」
集まってきた人達が、それぞれ頷いてくれる。ここにいる人達は信頼出来るからね、偽造防止用のこのマークも、知っておいてほしかったのだ。
「ところでユウ様、こちらに並ぶ物も商品として売るご予定が?」
商会長さんが、また仕事の話をしようとしてくる。熱意に負けて、豆皿だけは売る契約を結んでしまった。さすがは国を跨る大商会のトップ、商機を掴むのが早いよね。
その後も皆さん、棚を興味深く鑑賞していたので、オレが作った物で気に入ったのがあれば、お土産に渡すことにした。リヒトさんとヒルデちゃんのお父さんは組紐で作った柄飾り、王妃様は蝶模様の紋切り、王子とヒルデちゃんは、お揃いのペンダント。商会長さんは、あるだけ豆皿を持ち帰るからと遠慮したので、お好みソースをお土産に渡した。レシピじゃなくて現物。これを研究して、是非ともお好みソースを商品として売り出してください。




