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美しい花

「皆そのままで、今日は従妹に会いに来ただけだからな!」


 その場で跪こうとした貴族達の間を闊歩し、リヒトさんはオレを抱えたままで王妃様に歩み寄った。


「従妹殿! 息災そうで何よりだ!」


「リヒト様、ご無沙汰しております」


 王妃様がカーテシーで出迎える。その目が「何してくれやがるんですか!」と訴えている気がする。オレも同感です。


「婿殿も久しいな!」


 王妃様からの非難の目をスルーして、国王様にも声を掛けるリヒトさん。一国の王に対する挨拶にしては、有り得ないくらい軽いけど、これは両国の国力に差があるからだろうか。そして国王様って婿入りだったのか。


「リヒト殿。相変わらず神出鬼没ですな」


 国王様が苦笑交じりに目礼を返す。そして、終始お姫様抱っこのままのオレに、もの問いたげな目をくれた。


「そちらのご令嬢は?」


「この子は僕が大切に慈しんでいる子だよ。少々足に障りがあってね、このままで失礼するよ!」


 リヒトさんの言葉の途中で、ブフッと誰かが吹いた。誰だろうね? 階段の上の方から聞こえた気がするんだけど?


「ああ、ハルトムート! 随分と元気になったようじゃないか! 近くで顔をよく見せてくれ!」


 リヒトさんが、階段を下りるタイミングを逸したハルトムート王子を呼び寄せる。何故だか腹を抱えて震えていた王子は、ヒルデちゃんにそっと肩に触れられて、なんとか立ち直った。そしてヒルデちゃんをエスコートしながら下りてくる。


「ご無沙汰しています、リヒト様」


「うん、久し振りだな! 隣の可愛らしいお嬢さんを紹介してくれるかい?」


「わたしの婚約者となった、ヒルデ嬢です。ヒルデ、ご挨拶を」


「ヒルデと申します、どうぞお見知りおきを」


 なんて堅苦しい挨拶が交わされている間、頑なにオレを視界から外して笑いを堪えている王子。失格。たどたどしいながらもカーテシーを披露して、ホッとしたように微笑むヒルデちゃん、合格!


 その後、オレ達は流れるように王族用のお席に案内されたんだけど。オレの席はリヒトさんの膝の上だった。オレのための椅子も用意されたのに、リヒトさんが離してくれないのだ。リヒトさんのご寵愛を受けている女性の正体を探ろうと、国王様があれこれ質問してくるけれど、全てをリヒトさんがシャットアウト。鉄壁の防御である。

 そのためオレは、安心してアクセサリー販売会の様子を眺めていられた。花が大きく派手な色味の物から売れてゆく。貴族は目立ってなんぼってのは、本当なんだな。


 売れ行きに気を取られていると、テーブルの下でチョンチョンと、肘の辺りを突かれた。隣の席の王子である。


「何故女装?」


 こっそり日本語で話し掛けてくるので、緩やかに首を横に振り、そっと胸に手を当ててみせる。王子がジーッと見てくるんだけど、そんな風に女性の胸をガン見するんじゃない、ヒルデちゃんが眉を顰めてるぞ。

 王子が目を大きく見開いた。


「……まさか」


 そう、女装じゃなくて女体化だよ。オレがニッコリ微笑むと、王子がまたブフッと吹き出す。素知らぬ顔で紅茶を飲むオレ。お手本は反対隣の王妃様である。


 それにしても王子、よくオレだって判ったな。念の為にウルにも付いて来てもらって、存在感を隠しているのに。オレの姿は薄ぼんやりとして、見えにくくなっているはずなんだけど。現に国王様もヒルデちゃんも、全くオレだと気付いていないようだし。

 ただ、王妃様にはバレてる気がするんだよね。だって王妃様も、いつもの完璧な笑顔が若干崩れてるんだよ。リヒトさんの傍若無人なお膝抱っこのせいかもしれないけど、でも、オレに向ける眼差しに憐憫と親しみが含まれているように感じる。やっぱり王妃様、看破系のスキルか何か持ってるんじゃない?


 カチャッ!


 陶器がぶつかる音に目をやると、ヒルデちゃんがカップを取り落としたようだ。オレを見て固まっているヒルデちゃんと、「しまった!」って顔の王子。あー、リヒトさんの膝にいるのがオレだって教えたな? びっくりして手元が疎かになったんだな、ヒルデちゃん。


 ガチャン!


 大きな音に驚くオレに、リヒトさんが詫びる。


「済まないな! 美しい花に気を取られて、手が滑ってしまった!」


 紅茶が溢れ、ソーサーと、カップを持つリヒトさんの手を濡らしている。わざとだな。ヒルデちゃんの失敗から貴族達の気を逸らすために、道化を演じてくれているのだ。ここは乗らねば!

 オレは意識して高い声で応じた。


「美しい花ばかりですが、余所見はいけませんわ!」


 思ったよりも甲高い声になってしまった。そして、思った以上に注目を集めてしまった。やり過ぎた……。

 だけど、リヒトさんはパチクリと瞬きし、声をたてて笑い始めた。ひとしきり笑って更に注目を集め、リヒトさんはオレを抱えて席を立つ。


「そうだな、これ程美しい花が手の中にあるのだ、余所見はいかん!」


 あれ? リヒトさんの言う「花」って、もしかして女性のことだった? オレ、アクセサリーの花だと思ったけど違った?


 オレが何と返そうか迷っているうちに、リヒトさんはオレを床に下ろし、オレの手を取って膝をつく。ちょっと待って、これは駄目でしょ、会場中の目と耳が集まってくるんだけど! 見ないで、耳を澄まさないで! 手を離してリヒトさん!


 だけど焦るオレを尻目に、リヒトさんは芝居がかった調子で台詞を口にする。

 

「僕はこの先、絶対に他の花に目移りしないと誓おう! だからレディ、どうか僕を赦しておくれ!」


 美形なリヒトさんがこういう事をすると、とっても様になって格好良い。オレが相手役なんて荷が重いよ。逃げたい。でもハイヒールじゃ走れないんだよね。

 オレは腹を括って、息を整える。一言だけで良いんだ、さあ、演じろ!


「……赦します」


「ありがとう!」


 リヒトさんが立ち上がり、抱き締めてくる。オレもその背中に手を回して応えると、大広間が拍手に包まれた。視界の端では国王様がスタンディングオベーションしてる。何なんだろうね、これ。


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