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紙花アクセサリー販売会

 諸々落ち着いたので、オレはリヒトさんに引き摺られて紙花アクセサリー販売会を覗きに行った。事前に渡された計画書によると、販売会場は3ヶ所に分かれているようだ。販売価格とターゲット層別になっている。まずは平民向けの販売会場である城の前庭を見物するため、城壁の上に上がった。


「盛況だな!」


 胸壁から身を乗り出して前庭を見下ろしながら、リヒトさんが感心している。オレも爪先立ちで下を覗こうとして転けそうになり、慌てて胸壁に手を付いた。ドレスに合うハイヒールを履いているせいだけど、世の女性達は、こんな不安定な靴で如何やって歩いているんだ?


 前庭は人でごった返していた。皆さん前のめりになって、真剣に商品を吟味しているのがよく見える。1人1点の個数制限つけたからね。購入時に身分証の提示も義務付けたので、ここのお客さんは城勤めの人しか居ないはずだ。転売目的の買い占めを防ぐためにも、身元確認は徹底してくれるらしい。


「ユウ、会場に下りてみるか?」


「いいえ、あの中に入るのは遠慮したいです」


 何というか、会場の雰囲気がね、独特なんだよ。買うのは早い者勝ちなんだけど、客が全員職場仲間で上下関係もあるせいで、女性達の無言の駆け引きが飛び交っている気がする。

 男性客も少しは居るが、男性だけで隅っこに固まって、身を寄せ合っている。レディーファーストといえば聞こえは良いけど、会場の雰囲気に呑まれて、商品の並んだ長テーブルに近付くのも躊躇っている模様。あ、今仲間達に背中を押されて、1人の兵士が勇気ある1歩を踏み出した。でも女性客の頭越しにチラッと商品を見ただけで、周囲からの圧に負けて逃げ帰ってる。


「あれでは残り物しか買えんな!」


「ま、まあ、残り物には福があるって言いますし」


「聞いたことが無いな!」


 そうか、こっちでは残り物に福は無いのかな。でも、あの人達はきっと、奥さんや彼女さんのためにアクセサリーを買おうとしているリア充だから、手助けは要らないよな。自力で頑張れ!


 暫く見物して満足したので、次の会場へ。向かうは城の大広間だ。ここは貴族向けの販売会場で、爵位によって時間帯を分けているらしい。伯爵家、子爵家、男爵家の順に案内されて商品を選べるんだけど、待ち時間を過ごすためのテーブルセットには、どう見たって城勤めしていない幼子も多く腰掛けている。


「ハハハ、どこの家も家族総出で来ているな!」


 リヒトさんが愉快そうに笑った。


「リヒトさん、声抑えてください。見つかるでしょ」


「別に良いだろう? ユウもお披露目だ!」


「嫌ですからね? オレはヒルデちゃんの様子を見に来ただけですから!」


 オレ達が居るのは大広間の天窓の外の、バルコニーとも呼べないような狭い空間だ。オレが大広間の中には入りたくないと全力で抵抗したので、リヒトさんが天馬で運んでくれたのだ。城の敷地内を天馬が飛んでいても、誰にも咎められなかったのは大丈夫なんだろうか。衛兵がアクセサリー販売会に参加してしまって、城の守りが手薄になったりしてないよね?


 肝心のアクセサリー販売は大広間の奥のほうで行われているので、よく見えない。だけど、順番を待っているお子様達が、ソワソワと待ち遠しそうにしているのが嬉しい。


「皆、子や孫のために奮発するのだろうな」


「あ、ここもお一人様3つまでにしてるんで」


「なら高い物から売れてゆくな」


 見栄のために値段で選ぶんじゃなくて、気に入った物を買ってもらいたい。結構な値段がするんだから。この世界は元々服飾品が高いのもあって、この会場の商品は安くても大金貨が必要になる。貴族の金銭感覚だとお手頃価格なのかもしれないが、庶民にとっては高値の花なのだ。


 それにしても、ここも会場はかなりの広さなのに満席という盛況さ。販売を東レヌス商会に任せて本当に良かった。こんなの1人じゃ捌けないし、貴族対応なんてオレには無理。もう1つの会場は大貴族向けの個室なんだけど、そこは一部屋につき複数人の商人が付いて、セミオーダー式にするらしいからね。


「商会長が見当たらんな」


「商会長さんは、個室で公爵家の対応するそうですよ」


「では、そちらを見に行くか!」


「行きませんってば」


 コソコソ隠れて大広間を見ていると、ざわついていた階下が不意に静かになり、ファンファーレが鳴り響いた。


「見よ、主役のご登場だ!」


 リヒトさんが指差す先は、大広間の側面にある階段の上。国王様と王妃様が並び立っている。王妃様の髪には青いバラの花が咲いていて、気付いた貴族達が驚愕と感嘆の声を上げている。

 両陛下が静々と階段を下りはじめると、後ろに隠れていたハルトムート王子が姿を現した。その腕にエスコートされているヒルデちゃんの髪を彩るのは、王妃様と色違いでお揃いの髪飾り。どよめきが大きくなる。


「ハルトの奴、めっちゃ緊張してるな……」


「手でも振ってやると良いぞ」


「いや駄目でしょ、気付かれちゃ」


 言ってるそばからリヒトさんが大きく手を振る。緊張で顔を強張らせた王子が、ふと顔を上げてこちらを見た。首を傾げてジッと凝視してくる王子に、リヒトさんがオレの手を持って掲げ、応えさせる。


 王子がその場に崩れ落ちた。


「ハルト!?」


「ハハハッ、ユウに気がついたようだな!」


「笑い事じゃないですよリヒトさん、隠れなきゃ!」


「良いじゃないか、このまま挨拶回りに行こう!」


 リヒトさんがオレを抱え上げ、天窓から大広間へと飛び降りる。ギャーッ! 5階分はありそうな高さからの着地も難なく決めたリヒトさん、そういやこの人、元Aランク冒険者だったよ。だからって、こんな、心臓に悪いから!

 突然上から降ってきた男女(実態は男2人)に会場も大混乱。だけど、王妃様が一喝。


「控えよ! そちらは隣国サウスモアの王族、リヒト殿下である!」


 さすがは王妃様だ、この状況を瞬時に収めてしまった。そして、薄々勘付いていたけどリヒトさんが王族だって確定してしまった。オレ、この人の養子になるんだけど……。

 リヒトさんはオレをお姫様抱っこしたままで、大広間を奥へと進む。大人しく運ばれながら、乾いた笑いが止まらないオレ。もう、如何にでもなーれ!


 

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