お父さんがいっぱい
今泣いたカラスがもう笑った、なんて言葉があるように、子どものご機嫌はコロコロ変わる。セイナもさっきまでションボリしていたのに、リヒトさんのお陰でもう笑っている。新米パパリヒトさんに抱っこされ、早速父娘の交流を深めるセイナ。とても嬉しそうだ。
「リヒトパパも、木のお家にお引っ越しするの?」
「うーん、そうしたいが、僕はお仕事があるからね。一緒には暮らせないのだ」
「タンシンフニンなの?」
リヒトさんが首を傾げてオレを見る。単身赴任が上手く翻訳されなかったのかな。オレはセイナに頷いてみせながら、リヒトさんに説明した。
「仕事の都合で家族と離れて暮らすことです」
「なるほど。確かに僕はタンシンフニンだな!」
リヒトさんが笑い、釣られてセイナもケタケタ笑う。平和。だが、少し視線をずらすと、影を背負って背中を丸めるジェイドが、暗く淀んだ目でセイナを見つめていた。ヒェッ!
「セイちゃん、そろそろリヒトさんから離れて、ジェイドの所に戻ろうな? 今日はジェイドと一緒に居るって、さっき約束してただろ?」
「あっ、忘れてた!」
ジェイドの闇が更に濃くなった。でもセイナがピョンとリヒトさんから飛び下りて、ジェイドの前に駆け寄ると、ジェイドの目に微かな光が戻る。
セイナがペコリと頭を下げた。
「ジェイド、さっきはお返事しなくて、ごめんね。セイ、お父さんが2人はずるいなって、思っちゃった」
「ボクのお父さんは、セイちゃんにとってもお父さんです!」
「……そうなの? セイ、お父さんがいっぱい?」
小首を傾げたセイナに、アステールさんとヘリオスさんも言い募る。
「そうですよ。セイちゃんとジェイドは夫婦ですから、私もセイちゃんのお義父さんですよ」
「俺もだ! 俺とアズはこれからもセイちゃんと一緒に暮らすからな、タンシンフニンのお父さんよりも、ずっと仲良しのお義父さんだぞ!」
セイナが満面の笑顔でジェイドに飛びつき、それをアステールさんがそっと囲い込み、ヘリオスさんが更に両腕で囲う。一件落着だけど、ヘリオスさん、得意気な顔してリヒトさんにマウント取らないで。リヒトさんがムッとしてるから。
オレはリヒトさんの気を逸らすべく、その手に小箱を押し付けた。
「ユウ、これは?」
「リヒトさんがアクセサリー販売会に来てくれるって聞いたので。贈り物です」
リヒトさんが箱を開けると、中に敷き詰めた綿に埋もれるように、透明な塊が5つ入っている。直径2センチメートル程の半球型に固めた拳闘樹の涙の内側に、青いバラの紙花を閉じ込めたものが2つと、緑のバラのものが3つだ。カフスボタンかペンダントに仕立てようかとも思ったけど、男性用のアクセサリーって使ってもらえるか分からなかったので、そのまま渡すことにしたのだ。
「このまま飾るなり、加工するなり、お好きなように使ってください」
「ありがとう……これは、なんと……美しいな……」
リヒトさんは、青いバラのものを1つ摘み上げ、光に翳して見入っている。光を受けた半球がキラキラ、それを見るリヒトさんの目もキラキラ。気に入ってもらえたかな?
これ、作るのに結構苦労したんだよね。拳闘樹の涙を半球型にするのに、シリコンモールドっぽい物を探したんだけど、見つけられなくて。木や陶器や金属を型にして試してみたけれど、拳闘樹の涙が固まると型にくっついてしまって外れなかったのだ。境目に刃物を差し込むことも出来ず、しかも表面の空気に触れている部分しか固まらなくて、中で花がフヨフヨ動いていた。スノードームなんかに応用出来そうだが、それは置いといて。
紙で作った型に、少しずつ拳闘樹の涙を流し込んでバームクーヘン状に固めていったら、綺麗な塊にはなったんだけど。型にした紙が剥がれなかった。あれだよ、タンスに貼ったシールの粘着部が残っちゃう状態。ガリガリ引っ掻いて剥がそうとすると、本体に傷がつくやつ。拳闘樹の涙って、傷が入ると白く濁るんだよね。そうなると、せっかくの透明度が活かせなくなる。
「……素晴らしい。この透き通るような透明度、拳闘樹の涙かな? だが、あれは重要書類を保護するためのもので、塊にするには向いていなかったはず」
さすがはリヒトさん、よく知ってるな。そうなんだよ、だから、他にも型に出来そうな物を片っ端から試してみた結果。
「これは、如何やって作ったんだい?」
「石鹸を型にして、少しずつ固めました」
石鹸なら、拳闘樹の涙がくっつこうが、水で溶かしてしまえば綺麗に無くなる。加工も簡単だから、いろんな形の型を作るのも楽ちん。最適!
「……ユウの、あの石鹸を、型に使ったのか?」
「はい」
「なんて勿体ないことを!」
そう言われても、他に使えそうだったのが、スライムの欠片くらいで。スライムの欠片も熱で溶けるから型にはなるんだけど、何層も拳闘樹の涙を重ねているうちに、だんだん水分が抜けて縮み、歪んでしまったのだ。
「如何しても、これが作りたかったので。今回は時間が無くて見つけられなかったけど、他にも型に使えるものがあれば、そっちにしますから」
「是非ともそうしてくれ! そして、こんな美しくも貴重なものを、本当にありがとう!」
リヒトさん、贈り物をかなり気に入ってくれたようで、自身のアイテムボックスから丸いブローチを取り出すと、ツメをグニョリと広げて、大きな宝石を台座から外した。そして代わりに緑の紙花を閉じ込めた半球を、ツメを慎重に曲げて台座に固定。改造したブローチを、胸元のリボンタイの真ん中に留める。
「そんな、目立つ場所に」
「自慢の我が子が贈ってくれた物だからな! 見せびらかさねば!」
だからって、ヘリオスさんの顔面に突き付けて自慢するのは止めて。さっきマウント取られた意趣返し?
オレは心の内でリヒトさんに、「親バカ」の称号を贈呈した。未だに子ども達をムギュムギュ押し潰しているヘリオスさんとアステールさんにも、謹んで贈呈しようとも。




