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養子縁組する日

「だってよぉ、俺もあれこれ考えてたんだぞ? せっかくジェイドが字を書けるようになったんだから、書類の自分の名前はジェイドに書かせようとかさ。養子縁組する日は覚えやすいように、月始めにしたいとか。当日はジェイドを連れて役所で届けを出して、記念になるようなプレゼントを渡して、皆でご馳走食べてお祝いしてってな? なのに、もうとっくに養子になってるって、どういう事だよ」


「はいはい、そうですね」


「アズだって、楽しみにしてただろ? 自分は父様と呼ばせるから、俺には他の呼び方考えとけって──」


 アステールさんに「リヒトさんが知らぬ間にヘリオスさんとジェイドの養子縁組してた」件を伝えた後。ヘリオスさんはジェイドを抱え、ブーブー文句を言っていた。ヘリオスさんとしては、書類を書いたり提出したりも、ジェイドと一緒にやりたかったらしい。わかる。イベントって準備するのも楽しいよね。


「もう良いではないですか、近いうちに養子縁組するつもりだったのです。多少予定が早まったくらいで、いつまでもグチグチと言うのは止めなさい」


 リヒトさんへの愚痴が止まらないヘリオスさんを、アステールさんがピシャリと叱る。でもよぉ、と続けようとするヘリオスさんの耳を、アステールさんが引っ張った。そんな2人の間で尻尾を抱え、オロオロするジェイド。可愛い。


「ジェイド、この男が父親で良いのですか? 今ならまだ間に合います、解消して私と養子縁組するのも可能ですよ?」


 アステールさんがジェイドに優しく笑いかける。キラキラキラー。眩しい笑顔にジェイドが戸惑いながらも返事した。


「あの、ボク、ヘリオス先生の養子になれて、凄く嬉しいです。だけど、ヘリオス先生もアステールさんも、ボクなんかで良いんですか?」


「ジェイド、ボクなんか、と言うのは止めましょう。私もヘリオスも、ジェイドが良いのです。それから、私のことは是非、父様と呼びなさい」


「俺もジェイドが俺の子になってくれて嬉しいぞ! 俺は父ちゃんでも親父でも、好きに呼んでくれ」


「はい! 不束者ですが、宜しくお願いします!」


 元気に挨拶したジェイド、ポッと頬を赤らめて、モニョモニョと付け加える。


「でも、呼び方は……少し待ってもらっても……」


 ヘリオスさんとアステールさんに挟まれて、恥ずかしそうにモジモジと身をよじるジェイド。それを満足そうに見守るリヒトさん。ヘリオスさんは自分で手続きしたかったようだけど、ジェイドが幸せそうだから結果オーライってことで。今夜はお祝いだ!


 何にしようかなー、ケーキは決まりとして、こっちの世界にお祝いの定番メニューとか、あるんだろうか。いや、それよりも皆の好物並べたほうが良いかなぁ。

 オレがパーティーメニューを考えていると、セイナがキュッとオレのスカートを摘む。忘れかけていたけど、オレ今女の子だった。夜にお祝いするまでには男の子に戻れるかな……。


「お兄ちゃん、ジェイドはお父さんが2人になるの?」


 セイナに問われ首肯してから、オレはなんと説明しようか迷った。ヘリオスさんとアステールさんは結婚してはいないけど、ツガイで生涯の伴侶だから事実婚みたいなものだ。だからヘリオスさんの養子になったジェイドは、アステールさんの子でもある、と言えるはずだけど法的には如何なるんだこれ? ややこしいけど、2人とも父親で良いんだよな?


 首をひねるオレに、セイナがしがみつく。そのポヨポヨ眉毛がヘニョリとしているのに気付き、オレは急いでセイナを抱き上げた。


「セイちゃん、どした?」


「……良いなぁ、ジェイド、2人もお父さんがいて……セイ、もうお父さんいないのに……」


 ああ、オレはなんて馬鹿なんだろう。この世界に来て、色々あったけど楽しく過ごせていたせいで、思い出すことが減っていた。オレ達はもう、たった2人の家族だということを。

 オレ達の父親は、あのハロウィンの日のひと月ほど前に亡くなった。母親はセイナを出産して直ぐに、祖父母も今年相次いで亡くなったから、オレ達はお互い以外に身寄りがいない。あの日、この世界に転移して来なければ、セイナも遠縁に引き取られるはずだったのだ。


「セイちゃんには、お兄ちゃんがいるだろ?」


「うん。でも……」


 羨ましいよな。オレがギュッと抱き締めると、セイナもオレを抱き返す。家の中は、さっきまでのワイワイ温かな気配が鳴りを潜めて、シンと静まり返っていた。お祝い事に水を差してごめんなさい。だけどオレはセイナが最優先なので。


「あの、セイちゃん……」


 ジェイドがセイナに呼び掛けるが、無視されて、ショックを受けている。これは一旦離れたほうが良いかなと、オレはセイナを抱き抱えて寝室に行こうとした。そこにリヒトさんが立ち塞がる。


「リヒトさん?」


「セイも僕の娘だ! パパと呼ぶが良い! さあ、パパの胸に飛び込むのだ!」


 セイナがオレの首に埋めていた顔を上げる。


「セイ、父親が欲しいなら直ぐにでも手続きしよう! 今日から僕がセイの父親だ!」


「……セイの、お父さんになってくれるの?」


「良いとも!!」


 セイナが涙の滲んだ目をパチパチし、オレを見る。オレとセイナがリヒトさんの養子になることが、決定した瞬間だった。

 


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