仲間じゃなくて家族に
「お兄ちゃん、カワイイね!」
セイナの輝く笑顔に、オレは死んだ目で答えた。
「ありがとう。セイちゃんの方が、もっと可愛いよ」
「セイとおそろい、うれしくない?」
「お揃いは嬉しいよ、嬉しいんだけど……」
お揃いのドレスでなければ、もっと嬉しかったんだけどなー。オレはスースーする下半身に目をやって、密かに溜息をついた。
オレだって抵抗したんだよ。だけど四面楚歌な戦況を覆せるほど、オレの兄としてのプライドは強くなかった。妹に「お願い」されるとね、兄のプライドなんて即寝返るよね。
リヒトさんがアイテムボックスからトルソーに掛かったドレスを出し、セイナが拍手喝采で喜んだ時点で断るという選択肢は消滅した。リヒトさんは何故、複数のドレスを持ち歩いているんだろうか……。
お借りしたドレスは簡易ドレスだとかで、コルセットだのパニエだのの無い、割とシンプルなものだった。構造だけ見るとワンピースに近い。ただ、ビッシリと施された刺繍のせいか、かなり重い。この世界の貴婦人って、こんなに重い服着て生活してんの?
「これはドレスとしては軽いぞ? 軽量化の魔法が付与されているからな!」
「えっ、これで軽くなってるんですか?」
「本来の半分程度の軽さになっているはずだ! 更にアクセサリーも身に着けたら、鎧を着ているのと変わらないぞ!」
着飾るって、なんて苦行なんだ。幸いセイナの着ているドレスは子ども用だからか軽めで、セイナの負担にはなっていないようだけど。
「だから、ユウが紙で作ったというアクセサリーは歓迎されるのだ。何と言っても軽いからな!」
オレの紙花アクセサリー、軽さが評価されてたんだ。綺麗っちゃ綺麗だけど、たかだか紙で作ったアクセサリーを何故皆が欲しがるのか、イマイチ理解出来ていなかった。でも、このドレスを着てみて納得した。ドレスがこれだけ重いなら、アクセサリーの重さだけでも削りたくなるわ。
さて。そろそろヘリオスさんをシバいても良い頃合いじゃないだろうか。
ジェイドは着飾ったセイナに夢中でオレには目もくれないので、別に良いんだけど。ヘリオスさんはさっきからニマニマと、ちょっと腹立つ笑顔でオレのドレス姿を眺めているのだ。いっそゲラゲラ笑ってくれた方が、開き直れるんですけどね!
「そのニヤニヤ笑いを引っ込めないと、ヘリオスさんは暫くおやつ抜きです」
「……いやスマン。何というか、娘の晴れ姿を見ているようで」
セイナにならともかく、何故その感想をオレに抱くんだ。
「なるほど、ヘリオスさんは年齢詐称してて、オレの父親世代だと」
「俺はまだ20代だ、ユウの親世代っつったらオレよりリヒトだろ」
「リヒトさんが?」
オレのサイドヘアを編み込んでいるリヒトさんを仰ぎ見る。見た目は20代の美形、どちらかと言えばヘリオスさんの方が年上に見える。
「僕は長命なエルフの血筋だからな、実はオッサンなのだ」
オッサン……なんてリヒトさんに不似合いな言葉だろう。リヒトさんはこのまま、美しく年齢を重ねていく気がする。甘味がお腹周りに影響を与えそうなヘリオスさんと違って。
「いっ、痛い痛い痛い、ヘリオスさんオレ今女の子なんだから手加減して!」
「いやー、ユウの視線がな? 俺は中年太りしそうだとか、考えてそうだったからな?」
「今から糖分減らせば大丈夫ですよ」
そんな殺伐とした遣り取りをするオレ達から離れ、セイナとジェイドは幸せな二人の世界を構築している。
「セイちゃん、世界一可愛いです。可愛過ぎて心配です、今日は家から絶対に出ないでずっとボクの腕の中にいてください!」
「うん、いいよー! セイ、今日はお姫さまだから、ジェイドは王子さまね!」
「はい! お姫さまと王子さまは、いつまでも幸せに暮らすものですからね! セイちゃんとボクも、2人きりでいつまでも幸せに暮らしましょうね!」
「お兄ちゃんたちはー?」
「…………もちろん一緒です」
最近ジェイドの溺愛ぶりが加速しているせいで、ちょこちょこ不安要素が見え隠れするんだよね。オレは花のバレッタを手にセイナに近付き、髪に飾りながら、さり気なく2人の間に割り込む。不器用なジェイドはヘアアレンジなんて出来ないから、悔しそうにしながらも引き下がった。
ごめんなジェイド、でも兄としては、妹を手放す予定は無いから。いつまでも幸せに暮らすのは全員一緒にだから、常に2人きりは諦めてくれ。
そんなオレ達を見て、リヒトさんが笑う。
「君達は本当に仲良しだな! 僕も家族にしてくれ!」
「仲間じゃなくて家族になりたいのか?」
軽く聞き返したヘリオスさんに、リヒトさんが頷き、オレに向き直った。
「ユウ、僕の養子にならないか?」
「リヒトさんの、養子?」
「そうだ! ユウが僕の養子になれば、セイは僕の義妹、ジェイドは僕の義弟、ヘリオスとアステールも僕の家族だ! 養子縁組の手続きは済ませてあるからな!」
「おいリヒト、勝手にユウを養子にしたのか?」
「それは今からだ! 養子縁組したのはヘリオスとジェイドだ!」
「はあ?! 何を勝手に」
「ヘリオスはジェイドを養子にしたいと言っていただろう? 善は急げだ!」
「だからって、こういう大事な事はタイミングがあるだろ!」
リヒトさんに詰め寄るヘリオスさん。ジェイドはポカンとした顔で、ヘリオスさんを見ている。
奥のヘリオスさん達の寝室の扉が開いて、アステールさんが顔を出す。
「ずいぶん騒がしいですが、何事ですか?」
答えに窮するジェイドを、オレとセイナが両側から抱き締めたのだった。




