自分の胸に手を当てた
待ちに待った、王城アクセサリー販売会の日がやってきた!
といっても、オレの出番はとっくに終わっているので、特にやる事は無い。むしろ何もせず引っ込んでいろと言われた。下手に顔を出すと、お貴族様達から縁談や仕官のお誘いを受けるからってね。言質を取られたらお終いなので隠れてろって、王妃様から直接言われたのだ。
だから大人しく家で料理してるんだけど、気もそぞろなせいで炒め物を焦がしてしまった。スーちゃんが樽から飛び出してきて、炭になった野菜を食べてくれる。
「ごめんな、こっちの焦げてないので口直しして。え、おにぎりが良い?」
三角おにぎりの形をとったスーちゃんに、異世界米のおにぎりを差し出したんだけど、フルフル震えて断られた。違うの?
「お兄ちゃん、スーちゃん、おにぎり屋さんのおにぎりが食べたいって」
セイナは手のひらサイズのスーちゃんなら平気になった。最近はハウスボートを城の中庭に置きっぱなしで、スーちゃんが常に手のひらサイズで家の中にいるので慣れたのだろう。中サイズから大サイズの時のスーちゃんには、今も近寄らないけれどね。
おにぎり屋さんのおにぎりは、オレの『ごっこ遊び』で錬成したおにぎりの呼称だ。異世界米おにぎりを引っ込め、イクラのおにぎりを取り出すと、スーちゃんがポンポン飛び跳ねて喜ぶ。海が遠いので、魚介系のおにぎりは錬成したものばかりなのだ。
セイナのお腹もクゥーと小さく鳴ったので、海老天むすを食べさせる。モグモグするセイナのほっぺたの米粒を取ってやると、オレが口に運ぶ前にジェイドが甲板から走って来た。獣人のツガイセンサー、高性能過ぎて怖いんだけど。
「それっ、ボク……!」
「はいはい」
米粒をジェイドの口に入れてやる。ついでにジェイドにも鮭おにぎりを食べさせていると、手合わせの相手が居なくなったヘリオスさんも家に入ってきた。
「ユウが料理を焦がすなんて珍しいな」
焦臭さに鼻にシワを寄せるヘリオスさん。オレはヘヘへと苦笑いして、おにぎりを差し出す。食べますよね?
「実は、アクセサリー販売会が気になって」
「ウルを連れて、こっそり見に行けば良いだろ」
それも考えたんだけど、ウルの『かくれんぼ』はまだ効果が安定しなくて、突然隠蔽効果が切れることがある。心許ない。
だったら変装して、ってのも考えてみたが、今日のお客さんはほぼお城勤めの人達か、その関係者なのだ。オレ達パーティの見た目を知られているから、服装や髪型を変えた程度じゃ誤魔化せない。お城勤めの人の中には、不審者を見分けるために、歩き方や仕草で個人を識別出来る人もいるらしいし。そういった人達に見つかって、そこから囲まれたりしたら終了だ。オレは目立たず騒がれずの、落ち着いた職人生活を送りたいのに。
ヘリオスさんが、わざわざウルを探してきてくれたけど、オレは首を横に振った。
「王妃様や東レヌス商会に迷惑かけそうなんで。今日は家にいます」
「そうか? だが、強制的に連れ出されそうだぞ?」
ニカッと笑ったヘリオスさんの猫耳が、外に向いている。家の防音性能を下げたので、外からの音が完全に遮断されなくなっているのだが、オレの耳には特に何も聞こえない。だけどヘリオスさんに続いてジェイドも玄関扉を潜るので、オレも甲板に出てみた。
「おお、久しいな! 出迎えご苦労!」
頭上から、快活な声が降りてくる。声の主は、真っ白い天馬に跨ったリヒトさんだった。直接城の中庭に降り立って、オレ達に手を振るリヒトさん。
「久し振りだな、リヒト。暇なのか?」
「何を言う。忙しくとも、美しいもののために駆け付けるのは当然だろう! ユウ、案内を頼む!」
リヒトさんが甲板に上がろうとするので、慌てて『関係者』に設定して迎える。
「お久しぶりです、リヒトさん。あの、申し訳ないんですが、オレは販売会には近付けなくて」
「何故だ? ユウの作品を売るのだろう?」
オレが下手な貴族に取り込まれないように、隠れていろと命じられたと伝えると、リヒトさんはフムと頷き、パチンと指を鳴らした。
「では変身すれば良いな!」
「おい、まさかと思うが、あれを使うつもりか?」
何故だか慌てるヘリオスさんに、オレは嫌な予感がした。だけど、断り文句を捻り出す間もなく、リヒトさんがオレの首に素早くネックレスを掛けた。
一瞬、視界が闇に閉ざされる。立ち眩みしたように体が揺れたのを、目の前にいたリヒトさんに支えられる。
「あ、すみません!」
「いや、体の急激な変化のせいだ。気分は悪くないか?」
「大丈夫です、けど……」
何となく感じる違和感。首を傾げるオレを、ジェイドがあんぐりと口を開けて見上げてくる。ヘリオスさんは頭痛を堪えるように、こめかみに手を当てて、リヒトさんを軽く睨む。
「全く、説明も無しにいきなりは止めてやれ」
「似合っているぞ!」
「確かに似合ってるが、人の性別を勝手に変えるな」
「……はい?」
オレは自分の胸に手を当てた。ある。手を下へと移動させる…………ない!
「えっ、嘘でしょ!?」
「ユウ、半日の辛抱だ」
「半日もこのままなんですか!?」
「なかなかの美少女ぶりだ! 僕の恋人に相応しいな!」
「リヒトさん何言ってんの?!」
「ユウ、落ち着け」
これが落ち着いていられるか!
オレは原因であろうネックレスを、引きちぎる勢いで外そうとした。外れない! 何これ呪われてんの? セイちゃん解呪の魔法、いや妹に女装どころか女体化した姿なんて見せられない、教会なら解呪できるか?
「ちょっと教会に行ってきます!」
「落ち着けって。教会に行ったところで、元には戻れないぞ」
「じゃあ、如何すれば」
「僕にエスコートさせてくれ!」
「要らんわ!」
思わずリヒトさんに噛み付いてしまったが、許されるだろう。リヒトさんがシュンとしてしまったけど、でも、リヒトさんが悪いんですからね!
「ユウと一緒にアクセサリー販売会に行きたかっただけなのに……」
「だからって、やり方ってものがあるでしょう」
「僕の同伴者なら、貴族も気軽に声を掛けられないし、何か言ってきても僕が対処出来るのに……」
「なら女性にならなくても良いじゃないですか」
「性別が違えばユウだと気付かれないだろう? 女装だと動作で見破られても、女性になれば骨格から違うから、動作から見破られることも無くなるのだ」
一応、ちゃんとした理由があっての性別変化なのか。説明不足は否めないが、悪気があった訳じゃないようだし……。
オレはハーッと息を吐き出して、不本意ながらもこの状況を受け入れた。
「……わかりました。リヒトさん、一緒に販売会に行きましょう」
パッと顔を輝かせ、オレの手を取るリヒトさん。
「良かった! ユウ、ドレスは」
「着ません!」
「えー、お兄ちゃん、ドレス着ないの?」
背後からの声にギギギと軋みながら振り返ると、玄関扉からセイナが顔を出していた。好奇心で目がキラキラしている。もしかしなくても、一部始終見られてた?
余りのことに、オレはフラリと倒れ掛け、リヒトさんにまた抱き留められたのだった。




