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千羽鶴リース

 北側の城壁から森を望む。広大な森の手前側に、城壁に迫る勢いで枝を延ばす大樹が聳え立っていた。突き抜けて高いその木は森の木々の上に枝を張り、ピンク色の丸い実をつけている。甘い果実の匂いが城壁にまで漂ってきているんだけど、この匂いはたぶん桃だ。この距離で目視出来る桃の実、どれだけ大きいの?


 夜が明けたらニョッキリ生えていたという巨木が桃の木だとしたら、不本意ながら心当たりがあるオレ。ヘリオスさんがアチャーと額に手をやり、ジェイドが気まずげに俯き、セイナが顔を輝かせる。部屋に篭って魔法陣の研究をしていたアステールさんだけは、あの場に居なかったが、仲間達の反応を見て察したのだろう。やれやれと肩を竦めた。


「心当たりがあるようですね?」


 王妃様にニコリと笑顔で威圧され、オレはアイテムボックスに仕舞っていた「みんなの夢のお家」の絵を恐る恐る差し出した。受け取って眺め、深く溜息をつく王妃様。


「あの木の周りは広い草地で、ブドウやリンゴの木が草地を囲んでいるそうよ。何故か近付けないらしいけれど、きっと根元には温泉が湧き出しているのでしょうね」


「たぶん、仰るとおりだと思いますが、オレ達は住みたい家の話をしただけで」


「ユウ、貴方、森の祠に祈りを捧げ、供え物をしたそうね? その時、何を祈りましたか?」


「ええと、確か、近所に引っ越して来るかもしれないから、その時は宜しく、と……」


「では、森の精霊様が貴方の供え物をお気に召し、歓迎の意をお示しくださったのでしょう。工房は木の上と根元、どちらに建てましょうか」


「……根元でお願いします」


 工房建設予定地が決定した。ジェイドに尻尾狩りは禁止だと言い含めなければ。その前に、セイナにも他所の尻尾に浮気は絶対にダメだと言い聞かせなければ!


「結果的に良かったではないですか」


 帰宅して朝食のベーコンエッグを切り分けながら、アステールさんが笑っている。アステールさんは所作も美しく、ベーコンエッグをフォークで口に運ぶ姿も優雅だ。


「まあ、な。他の候補地はイマイチだったし。木の周辺に惑わしの結界があるようだから、アズが安心して暮らせる」


 ヘリオスさんもニコニコしながら、マーマレードたっぷりのトーストを噛っている。ヘリオスさんはアステールさんが安心して暮らせる場所を、ずっと探してきたんだもんな。オレ達に出会う前は、滅多に熟睡することも無かったらしいし。安全な寝床って大切。

 

「セイ、毎日でっかいモモがたべたい!」


 セイナが桃桃とねだるので、今朝のデザートは王家の農園でもいだ桃のコンポートだ。あの巨大な桃、1個で何日分になるだろうか。真冬なのにたわわに実ってたけど、中にプリンセス・モモが居たりしないだろうな。いや、仙桃の可能性のほうが高いかも。


「毎食デザートに桃が食べられるなんて贅沢だな!」


「ヘリオスさん、毎食は出しませんからね」


「良いだろ? あんなに沢山生ってたし」


「あれは精霊様の桃なんだから、大事に食べないと。いや、そもそも食べて良いのかな」


「セイ、せーれーさまに、モモくださいってお願いする!」


「そうだねー、一緒にお供え物も作ろうね」


 引っ越しのご挨拶に、折り鶴でリースを作ることにして、食後に皆で取り掛かることになった。


「さて、それでは森の精霊様へのお供え作りを始めます。ジェイドとヘリオスさんは紙を染める係、アステールさんは紙の乾燥と断裁、セイちゃんとオレで鶴を折っていくよー」


 今回の折り鶴リースは人の世には出さないものなので、魔法薬をふんだんに使ってカラフルにする。イメージとしては12色の色相環。あれを折り鶴1000羽で作る。

 

「ジェイド、1枚の紙から折り紙が6枚作れます。1000枚の折り紙を作るためには、紙が何枚必要ですか?」


「え? ええと……」


 アステールさんが、ここぞとジェイドに計算問題を出してるけど、余りのある割り算はまだ早くない? 

 でも、ジェイドは頭が良かった。


「166枚だと、折り紙が996枚しか作れないから、167枚、ですか?」


「正解です。では、167枚の紙を12色で染めます。各色同じ枚数にするには、1色につき何枚染めれば良いでしょうか」


「ええっ?」


 アステールさんが厳しい。ジェイド頑張れ! 

 さすがに暗算では無理だったけど、ジェイドは紙に書いて計算し、正解にたどり着いた。予備も含めて15枚ずつ染色し、鮮やかな折り紙で鶴を折る。


「ユウは当然としても、セイちゃんも上手だな」


「うん! ツルはね、保育園で作ったから!」


 オレ達の地元、毎年夏休み前に保育園や学校で折り鶴を折るんだよ。だからセイナも折り鶴は得意だし、折り方も完璧に覚えている。オレはスタンダードな折り鶴だけじゃなく、羽ばたいたり連結してたりの変則的なのも折れる。


「って、セイちゃん、鶴に足生やしちゃダメ!」


「えー、カワイイのに」


「ガニ股カエル足の鶴が可愛いかは置いといて、これ千羽鶴だから」


 それでも、如何しても足を生やしたいというセイナに負けて、1羽だけ作られた足が生えた折り鶴。千羽鶴リースの中に組み込まれそうになり、慌てて排除した。精霊様への奉納物にユーモアは要らないよ。セイちゃん、諦めて!

 


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