御守りが作りたい
「アステールさん、魔法陣について教えてもらいたいんですが」
涙に濡れた双眸がオレに向けられた瞬間、胸がバクバクと激しく脈打つ。これはマズイ。顔も熱いから、たぶん真っ赤になっているはずだ。
必死に顔を逸して平静を保つオレを見て、ヘリオスさんがオレとアステールさんの間に割り込んだ。アステールさんの顔を胸板に隠し、ヘリオスさんは自分の尻尾をアステールさんの手に握らせた。
「アズ、泣き止め。俺の尻尾触ってて良いから。ユウ、大丈夫か?」
「……はい、何とか。ごめんなさい」
「いいや、アズの泣き顔見ても耐えられる奴なんて、居ないからな。俺でも理性が飛びそうになる」
それは、ヘリオスさんがアステールさんに惚れてるからでは?
ともあれアステールさんの泣き顔が理性を溶かす劇物である事に変わりはない。ここはウルの出番である。
「ウルー、ちょっとアステールさんの泣き顔隠してー」
ウルのお陰でやっと、オレは冷静になりアステールさんとの会話が可能になった。
「ゴホン、えーと……森への通路にあった魔法陣なんですけど」
グスッ……。
アステールさんが思い出してしまい、鼻をすする。気持ちを落ち着かせるためか、ヘリオスさんの尻尾をサワサワと撫でる手が、動きを速める。ヘリオスさんが、何かを耐える顔になった。くすぐったいの?
「ヘリオスさん」
「俺の事は気にするな」
「あ、はい」
では、気を取り直して。
「通路の魔法陣、照明とか浄化とか、あと壁の強化なんかのための物だったと思うんですけど。あれ、常時発動でした?」
「殆どのものは。灯りの魔法陣だけは、通路に人が居る時だけ起動するようでしたが」
「オレ、魔法陣って魔力を込めた時だけ発動するものだと思ってたんですが」
「ああ、そこですか」
アステールさんが涙を拭うような仕草をしたが、ウルが隠しているのでぼやけて見える。
「ユウ君の言うとおり、基本的に魔法陣は魔力を満たすことで発動します。ですが、単純な物なら常時発動も可能です。例えば、城や神殿など重要な建築物の基礎には硬化や耐火の魔法陣が描かれることが多いですね」
「それ、壊れない限りは効果が続くんですか?」
「ええ。あと、魔力が切れなければ」
だよね、当然常に魔力が必要なんだよね。となると、難しいかな。
「ユウ君、何がやりたいのですか?」
「魔法陣を紋切りに転用出来ないかなって。模様が綺麗なだけじゃなく、魔法陣の効果がついた御守りが作りたいんです」
「なるほど、魔術記章を紙で作りたいのですね」
「似たような物があるんですか?」
「あります。金属製の立体的なものが」
そうなんだ、なら材質を変えればいいだけだから、実現可能だな。
オレはアステールさんの手に、紙の束を押し付けた。アステールさんの両手が塞がり、尻尾が解放されたヘリオスさんはその場にしゃがみ込んで、両手で顔を覆っている。如何かしましたか、ヘリオスさん? ヘリオスさんは片手を振って、なんでも無いという。首を傾げながらも、オレはアステールさんにお願いした。
「アステールさん、知ってる魔法陣、ありったけ描いてください!」
「待ちなさい。ただ形を真似ただけでは、魔法陣は発動しませんよ?」
「如何すれば、常に効果がある御守りが作れますか?」
「ユウ君、そう簡単な事ではないのです。まずは魔法紙と、魔力を込めた特殊なインクが必要ですし、魔法陣も空気中から魔素を取り込むよう改良しなければ」
「アステールさんなら出来ますよね? 王家の秘密の魔法陣を見たんだし」
アステールさんの動きが止まった。そして、弾かれたように笑い出した。
「ユウ君、悪い子ですね! 王家の秘匿する魔法陣をコッソリ拝借しろと?」
「違いますよ、参考にさせてもらうだけです! 知的財産権の侵害は駄目ですからね!」
この世界に著作権とか意匠権なんて無いかもしれないが、丸写しは駄目。そもそもオレが作りたいのは、王家が秘密にするような強力なものじゃなくて、もっと手軽な効果のものなのだ。虫除けとか、消臭とか。そう説明すると、アステールさんが微妙な顔になる。変だな、ウルがアステールさんの顔を隠してるはずなのに表情が見える。あ、隠したのは泣き顔だから、呆れ顔は隠れないのか。
「魔法陣を使ってまで欲しい効果が、虫除けですか……」
「例えば、です。紋切りは貴族以外に売りたいんですよ。商人や冒険者がメインターゲットです」
「でしたら虫除けも有りですね。虫除けの香は使い勝手が悪いので。消臭は、需要はあるでしょうが悪用される可能性が……あえて効果を下げれば……」
アステールさんがブツブツ言いながら、思考の海に沈んでゆく。こうなったアステールさんは集中力があり過ぎて、周囲に無反応になる。立ち直ったヘリオスさんが、アステールさんを抱えていった。自室に引っ込むヘリオスさん達を見送って、オレは近くで爪研ぎしていたジェイドに尋ねる。
「消臭剤を悪用されるって、どーゆーこと?」
「ああ、たぶん、間抜けなアサシンのことだと」
気配遮断が得意なアサシンが、足の臭いで暗殺対象に気付かれて捕まるという有名な昔話があるらしい。自分の臭いって鼻が慣れちゃって気付けないもんね。だけど、そうか、アサシンが消臭の魔法陣を持ってたら、暗殺が成功してたのか。匂いがないと困ることもあるんだな。
ジェイドが姿勢を正してオレを見上げる。
「師匠、お願いがあります」
「ん、何?」
「消臭の魔法陣、セイちゃんには渡さないでください。ボク、セイちゃんの匂いが大好きだし、セイちゃんに付けたボクの匂いが消えちゃうので」
「…………」
返事に困る。でも獣人には消臭の魔法陣、売れなさそうだな……。




