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王家の森

 秘密の通路は、天井に描かれた魔法陣からの光によって、煌々と照らされていた。灰青色の滑らかな天井と壁には一定間隔で魔法陣が並び、、床には毛足の長い暗灰色の絨毯が敷かれている。足音がしない。

 フカフカした床面は少し行くと下り階段になって、また水平に伸び、再び下り階段へと続く。ハルトムート王子の部屋はお城のプライベートエリアの2階だから、既に地下へと潜っているのだろう。心なしか空気が湿気てきた気がする。しばらく下りると、床はまた水平になった。


「ハル、この通路、裏の森まで続いてるんだよな?」


 オレは、数歩先を張り切って歩く王子に問い掛けた。


「うむ。城で不測の事態が起きた時のための、避難用通路なのだ」


「秘密の?」


「うむ! 王族の秘密通路である!」


 ロマンだ! オレ、こういうの大好き! 

 足取り軽く進むオレの後ろでは、セイナが鼻歌を歌いながらルンルン気分でスキップしている。セイナも隠し扉とか秘密の通路とか大好きだ。楽しいよね。緊急避難用という、本来の目的で使うんじゃなければ。


 通路はここまで一本道で、道案内の王子の指示も「ひたすら真っ直ぐ」というシンプルさ。でも念の為にと、ヘリオスさんが先頭を進んでいる。次いで王子、オレ、セイナと手を繋いだジェイド、アステールさんという隊列だ。

 普段はアステールさんが先頭なんだけど、魔法陣に気を取られて頻繁に足が止まるので交代になった。そのアステールさん、後方から「なんて洗練された浄化の魔法陣!」とか「まさか、こんな簡略化が出来るとは!」とか、感嘆しきりといった様子は伝わってくるんだけど、声がどんどん遠ざかっている。夢中になって置いてけぼりを食らっている模様。ま、逸れても一直線に進めばいいだけだし、大丈夫だよね。


 やがて行く手に上り階段が現れ、通路の終わりがみえた。階段を上りきって、王子が突き当たりの壁の魔法陣に手をつくと、壁が真横にスライドした。通路を出ると、そこは小さな祠のような場所だった。簡素な祭壇に木像が祀られている。


「森の精霊様だと思います」


 ジェイドがオレの視線を辿り、木像のモデルを教えてくれる。この世界、精霊もいるんだ。

 なんの気なしに拝んでいると、チビっ子3人もオレに倣って手を合わせる。世界観的には指を組んで祈りを捧げるのが正解の気もするが、オレはこの世界の作法に疎いからね。神様仏様を拝むとなると、つい手を合わせちゃう。ついでと言っては何だけど、折り鶴をお供えしておく。もしかしたら、ご近所に引っ越して来るかもしれません。その時は宜しくお願いします。


「周りを見てきたが、なかなか良い場所だぞ。ひとまず危険な気配は無いから、外に出てみろ」


 偵察を済ませてきたヘリオスさんに勧められ、祠の外に出る。鬱蒼とした森の中、祠の周囲は木が少なく、日光が地面に届いている。下草があまり茂っていないのは、冬だからだろうか。それとも、誰か手入れする人がいるのかな。この国は林業が盛んだし。

 祠の周囲をキョロキョロ見回していると、セイナがオレの後ろを指差した。


「お兄ちゃん、あれ! リスさんがいる!」


「えっ、何処?」


「屋根の上、見て!」


「あっ、いた! 飛んだ!?」


 リスかと思ったらムササビかモモンガのように、祠の屋根から滑空した小動物。ジェイドがピョーンと跳躍して、一発で捕まえた。ジェイドの手の中でジタバタするので、ローストしたナッツを与えてみる。両手で持ってポリポリと噛る動作が大変可愛らしい。


「リスさん、カワイイねー」


「そうだねー」


「シッポがふわふわ! さわりたい!」


 セイナがそっと手を伸ばそうとしたところ、リスだかモモンガだかはジェイドの手から逃れ、近くの木にスルスルと登って逃げてしまった。


「ああー、ふわふわシッポ、さわりたかったのに」


 残念がるセイナに、ジェイドが自らの尻尾をそっと差し出す。


「あの、セイちゃん、ボクの尻尾で良ければ……」


 ジェイドの細長い尻尾を手首に巻き付けて遊びだしたセイナを見て和んでいると、ヘリオスさんが耳打ちしてきた。


「ジェイド、さっきワザとリスを逃がしたろ」


「え、何で?」


「そりゃあ、セイちゃんに他の尻尾に触ってほしく無かったからだろ」

 

「ただの動物の尻尾なのに?」


「尻尾は尻尾だ。あのな、耳と尻尾は獣人の弱点なんだよ。よほど信頼している相手にしか触らせないし、特に尻尾は、肉親やツガイ以外には一切触れさせないのが普通だ」


「……オレ、何度かジェイドの尻尾に触っちゃいましたよ」


「ユウは家族だからセーフなんじゃないか? でも、セイちゃんには、他の尻尾に浮気しないよう言っといたほうが良い。でないとこの森のリスが全部、尻尾なしになりかねないぞ」


 そんな恐ろしい忠告を聞いてしまった王子が、カタカタ震えながらジェイドを見ている。オレも、セイナに尻尾を弄ばれながら、恍惚とした表情を浮かべるジェイドに戦慄した。あの顔はヤバイ、ヤンデレ一歩手前だよ。


「えーと、ハル、この森にオレ達が引っ越すと、生態系に重大な被害を与えかねないから……」


「そ、そうだな……王家の森が呪われたなんて噂になったら……」


 場所としては凄く良いんだけど、ジェイドのヤンデレ化を加速させる要因は、徹底排除しなければ。オレは後ろ髪を引かれながらも、この森を工房建設候補地から外すことに決めた。お騒がせしたお詫びに、帰る前にセイナに頼んで祠に『きれいきれーい!』をしてもらう。


「それにしても、アステールさん何やってんだろ」


「そういえば結局来なかったな」


「アズのことだから、魔法陣に夢中になってんだろうが」


 そんな話をしながら通路を引き返していると、途中で床に紙を広げて魔法陣を描き写しているアステールさんに遭遇。オレ達が戻って来たのにも気付かず、床に這いつくばって一心不乱にペンを動かしているアステールさんに、王子が残酷な掟を告げる。


「あー、残念だが、ここの魔法陣は王家の秘密なのだ。全て没収させてもらう」


「そ、そんな……私個人で研究するだけでも駄目でしょうか」


「例外は認められぬ」


「絶対に他には流出させませんから!」


 それでも持ち出し許可を貰えなかったアステールさん、家に帰るまでシクシク泣いていた。そんなに研究したかったんですか。だったか別の研究テーマを提示してあげましょう!



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