工房建設候補地
お城でのお好みソース使用を禁止されてしまった……。
何が駄目って、あの暴力的にお腹が空く匂いが駄目らしい。ソースの焦げる匂いで淑女教育中のヒルデちゃんのお腹が鳴ってしまい、怒られたのが直接の原因。教育係さんからその報告を聞いた国王様が、可哀想だからとソース禁止令を出したのだ。
あと、王族の衣服に匂いが付くのもいけなかった模様。ソース臭い服を着てると、王家の威信に傷が付くんだってさ。ソースの匂いが染みついたドレスとか、確かに優美さには欠けるよね……。
匂いが駄目ならカレーも禁止なのかと聞いてみると、カレーはお城の食卓にも頻繁にのぼるらしい。なんでもカレーは聖女様が広めたものだから、神聖な食べ物なのだとか。聖女様への忖度が酷い。お好みソースはカレーにも合うんだから、ついでに広めといてよ、聖女様。
しょうがないから、ソースは城外で使うか、最初に錬成した「匂いのないお好みソース」を使うことにした。だけどソースはあの匂い込みで美味しいものだから、無臭だとひと味足りない気がするんだよね。
「だから、工房はお城から離れた場所にしたいです」
現在オレ達は、地図をテーブルに広げてパーティ会議中である。ハルトムート王子にチョロッと「工房は貰おうかなー」と話したのが伝わったようで、王妃様から工房建設候補地に印がついた地図が届けられたのだ。
地図は王都周辺のものと、国全体のものの2枚ある。だけど、王都から離れた候補地の印には、人里離れているとか水捌けが悪いとか魔物の棲息地とか、マイナスポイントがこれでもかと書き連ねられている。王都の近くに工房建ててってことだよね。
ちなみに一番城から近いというか、城の敷地内に3ヶ所も候補地の印が付けられている。その、太字で「おすすめ!」と書かれた3ヶ所は、アステールさんによって早々にバツ印で消された。
「そうですね、ソースが自由に食べられない場所は除外しましょう」
アステールさん、よっぽどお好みソースが気に入ったんだな。いつも食欲に忠実なヘリオスさんが苦笑している。
「アズも着実にユウに感化されてるな」
「ヘリオスだって、甘味禁止令が出されたら、城から離れたくなるでしょう?」
「当然」
甘い匂いが苦手な人も居るからね。地球ではスメルハラスメントなんてのもあったし。でも、オレはソースも甘味も匂いまで楽しみたいから、お城の敷地内は却下だ。
「そうなると、残りの候補地は4つか」
「お兄ちゃん、ちがうよ、5つだよ!」
「えっ、何処?」
セイナが指差しながら、「いーち、にーい…」と数えて最後の5ヶ所目。一見何も書いてないように見えたが、目を凝らしてよく見ると、確かに丸印がつけてある。途中でインクが切れたのか、掠れてペンが擦った跡だけが付いたその場所は、お城の真裏。城壁のすぐ側まで迫る、森の中である。
「こんな森の中が候補地なのか?」
「ああ、説明がありますね。ハルトムート王子の推薦する候補地のようですよ」
「ハルトが?」
王子なら城内の候補地を推しそうなのに。
アステールさんが、説明の書かれたメモをジェイドに渡し、声に出して読むよう促す。ジェイドはアステールさんに読み書き計算も習っているから、抜き打ちテストみたいなものだろう。
「ええと……『この森の木を伐採して、難民向けの家を建てる計画があるのだ。その跡地に梅の木を植えるから、ユウの工房もここに建てれば、梅の実取り放題なのだ!』だそうです」
「梅とりほーだいだって! セイ、ここがいい!」
「ボクもです!」
「ジェイドはセイちゃんが居れば、何処でも良いんだろ」
「ヘリオス先生だって、アステールさんが居れば何処でも良いですよね?」
自然と皆の視線がアステールさんに集中する。
「私も梅ジャムは好きですから、梅の実取り放題は歓迎ですが。そもそも工房はユウ君のものでしょう?」
今度はオレが注目を集める。オレは改めて地図を眺め、お城の裏の森という立地条件について考えた。
まず、森の中ということは、ご近所の目を気にしなくて良い。人目が少ないのはアステールさんにとっても過ごしやすいだろう。魔物や野生動物のすみかだから気軽に散歩は出来ないけど、それは街中だって同じ。日本の治安の良さとは比ぶべくも無い。何処であろうと結界必須は変わらない。
冒険者ギルドや東レヌス商会と、あまり離れていないのも便利だ。お城からも近いのは、良いのか悪いのか。王子や王妃様に頻繁に呼び出されても、登城しやすいのは便利か?
森は城壁の北側になるから日当たりは心配だ。伐採後には日射しが入るようになるかもしれないが、今は確認のしようがない。だけど跡地に梅の木を植えるなら、明るさは確保出来そうだ。王子が育てた梅の木、ほんのり光ってたもんな。そういえば、梅の木の周囲が聖域化するんだっけ。だったら安全?
「オレも、候補地の中だとこの場所が一番です。でも、決定する前に下見したいですね」
「下見か、そうだよな。実際に見てみないと分からない事もあるよな」
「おでかけ? セイも行く!」
こうして工房建設の候補地を下見したいと希望を出したところ、推薦者のハルトムート王子が案内してくれることになったんだけど。
「よく来たな!」
集合場所に指定されたのが、何故か王子の部屋だったんだよね。
オレ達は不思議に思いながらも、王子に招かれるまま部屋に入った。王子は人払いをして護衛の騎士を部屋から追い出し、扉に鍵を掛ける。窓の外には梅の木が、見事な枝ぶりを見せていた。ソファに座ろうとすると王子に遮られ、手を引かれて導かれたのは奥にある寝室。大人でも優に3人は寝られそうな大きさのベッドが置いてある。
王子はベッドの脇を通ってベッドと壁の隙間に入ると、何やらゴソゴソ。これは、まさか! やがてガコンと音がして、壁の一部にぽっかりと穴が開く。
やっぱり! これってお城に有りがちな、王族に代々伝わる秘密の通路だよね!




