ドラゴンの気分次第
織物で有名だというキタジンの町に到着したオレ達は、着いて早々問題に直面した。いつものように次の宿場町への乗り合い馬車について尋ねると、こんな情報が入ってきたのだ。
「えっ、通行止めですか?」
「そうなんだ。街道のど真ん中にドラゴンが居座っちまってよう」
居るんだ、ドラゴン。ちょっとだけ見てみたい気もするが、好奇心は猫をも殺す。ウチの可愛いニャンコを守るために、ドラゴン見物は止めておこう。ウチの可愛い妹がワクワクしているが、そっと目を逸らしておく。
ドラゴンは2日前に西から飛んできたそうだ。なんてタイミングの悪いドラゴン。空気読んで。まだ見ぬドラゴンに内心で愚痴りながら、オレは情報収集。暇そうにしてた乗り合い馬車の馭者さんが、相手をしてくれた。
「運行再開は、いつ頃になるんでしょう」
「ドラゴンの気分次第だな」
「討伐はしないんですか」
「無理無理。ロックドラゴンだぞ、勇者と岩山のドラゴンの話、知らねえのか?」
そんなものは知らない。お伽噺の類かな? セイナのワクワクレベルが上昇している気がするが、気のせいという事にしたい。ドラゴンとお友達になったり、ドラゴンに乗って空を飛んだりするのは選ばれた人達の特権だから。オレはシッターであってテイマーではないから無理!
馭者さんの話によると、ロックドラゴンというのは岩のように硬い鱗に覆われた、とてつもなく大きなドラゴンらしい。勇者ですら倒すのに苦労して、その奮闘ぶりが一大叙事詩になっているそうだ。ただこのドラゴン、大人しい性質で、迂闊に近寄ったりしなければ人を襲わないのだとか。その為討伐依頼を出したとしても、緊急性は低いと判断されて後回しになるだろうとの事だった。
馭者さんが待合所の壁に貼られた地図を指差した。セイナとジェイドを見て、難しい顔をしながら説明を続けてくれる。
「しょうがないんで、しばらくは迂回路を使えってお達しなんだよ。北回りと南回り。だけどどっちも、子ども連れだとなぁ」
北回りは山越えのルートで、距離は短いが強い魔物が多く出て、危険らしい。しかも途中に馬車で通れない箇所があり、そこは歩きで越えて、その先で馬車を乗り換えるのだそうだ。子ども達だけでなくオレにも厳しい。こっちは無しだな。
対して南回りは森をぐるりと回り込むルートで、かなりの遠回りになるが、比較的安全らしい。と言っても、整備された街道とは雲泥の差だろう。そして1ヶ所だけ、森を抜けなければならない場所がある。選ぶならこっちだが、南回りルートの最大の障害は、そのチケット代の高さだった。
「こんなにするんですか!?」
「ああ。加えて何日も野宿なんて、子どもにはキツいだろ」
南回りのルートでは、次とその次の宿場町を飛ばして国境の街が目的地となる。そこまでのルート上に町や村は無く、8日ほどかかる旅路の全てが野宿になるそうだ。
聖王都からの主要街道をゆく元々の旅程では、だいたい馬車で1日毎に宿場町があると聞いていた。だからテントの用意もないし、野宿の心得もない。異世界で野宿か……あまり気は進まないけど、うーん……。
まぁよく考えな、と肩を叩かれて、オレ達は待合所を送り出された。
教えてもらった宿を目指しながら考える。
安全が最優先だから、ドラゴンが居なくなるのを待つのがベストなんだけど。昔似たような状況になった時は、半年も街道が封鎖されたらしい。早めにこの国を離れたい身としては、そこまでのんびり待てないし、待つにしたって滞在費が嵩む。
となると、お金を稼ぎながら様子を見て、ドラゴンが移動しそうになければ適当なところで切り上げ、南回りルートがベターだろうか。
「ジェイド、野宿ってしたことある?」
左手に掴まるジェイドに聞くと、首を傾げて少し考える素振りをみせた。
「街中ででしたら」
おぉう、聞きたかった事とは微妙にずれた答えが返ってきたぞ。
「ええと、テント張ったり焚き火したりは」
「やった事ないです」
申し訳無さそうに眉を下げるジェイド。いや良いんだよ、オレだってキャンプ経験は林間学校くらいだし。セイナはテントで寝たことすら無いし。
「テント? キャンプするの?」
セイナが嬉しげに聞いてくるが、異世界キャンプは楽しいものではないと思う。インドア派のオレは、日本でのいたれりつくせりのキャンプですら避けたかったくらいだ。けれど整備された街道ばかりじゃないので、異世界キャンプも避けられそうにない。
「お兄ちゃん、セイ、キャンプでマシュマロ焼きたいな」
セイナのおねだりが始まってしまった。マシュマロ、この世界にあるんだろうか。妹の望みはなるべく叶えてやりたいが、さて、どうしたものか。