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メリットとデメリット

 焦げたソースの匂いによる皆の食欲ブーストが落ち着いて、オレが食卓につけるようになってから。アステールさんが切り出した。


「ユウ君、王家御用達の話は受けるのですか?」


 昨夜はもう遅かったし、セイナとジェイドも寝ていたから、話は後日として就寝したのだ。

 寝る前に一応考えて、王家御用達に関しては八割方「なし」に気持ちが傾いている。だけど顔に疑問符を貼り付けた子ども達と、あと後学のために、オレはアステールさんに聞き返した。


「そもそも王家御用達の職人になったら、何が如何なるのかよく分からなくて。メリットとデメリット、教えてもらえますか?」


「少々お待ちを」


 アステールさんが取り皿のお好み焼きを食べ切る隙に、ヘリオスさんが子ども2人に昨夜の話をしてくれる。オレはセイナの口の周りのソースを拭い、自分のお好み焼きを食べ始める。お好みソースの懐が深い。何入れても美味いな。

 アステールさんが皿を空にして、説明を始めてくれた。オレはモグモグ口を動かしながら、耳を傾ける。


「そうですね……王家御用達とは文字通り、王家と直接取引のある商会や職人への称号です。商会であれば王家の紋章を掲げる許可が与えられ、職人であれば準貴族として扱われます。準男爵や騎士爵と同等と考えると、わかり易いでしょうか」


 いいえ。オレが首を傾げると、アステールさんは、ああ、と得心したように続けた。


「そういえば、ユウ君の故郷に貴族は居ないのでしたね。要は、平民のまま特別扱いされるようになります。公的な場でも王族に直答を許されたり、貴族にしか立ち入り許可が出ない場所に入れるようになったり」


「それがデメリットですか」


「いえ、一般的にはメリットだと思うのですが」


 何処らへんがメリットなんだろうね? 特別扱いされる平民なんて、貴族からも平民からもヘイトを集めるだけじゃん。


「他にメリットは?」


「王家が品質を保証するようなものですから、有名になって顧客が増えます。あとは、名誉や名声を得ることでしょうか」


「王家御用達、要らないですね」


「ユウ君、そんな、ハッキリと。不敬に当たりますから……」


 えー、だってオレ有名人になってチヤホヤされたいなんて、これっぽっちも思わないから。むしろ、下手に名が売れると面倒な輩が寄ってきそうで嫌だ。有名税なんて払いたくない。


 セイナが欲張って確保したけど食べ切れなくて残していたお好み焼きを食べ、自分の分を持て余し気味のジェイドが言う。


「師匠の腕なら称号なんて無くても有名になると思います!」


「ありがと、ジェイド。でもオレの腕なんて、まだまだだから」


 自分の力量が王家御用達に相応しくないってのも、お断りしたい理由なんだよね。今は物珍しくて興味を持たれてるけど、そのうち見向きもされなくなる不安が拭えないから。御大層な称号なんて、正直重いのだ。


 ジェイドの皿を自分の皿と交換したヘリオスさんが、一口で残ったお好み焼きを平らげた。オレの皿にまで手を出そうとするので、皿を遠くへ避難させる。これは食べ残してるんじゃなくて、後で食べようと取ってあるんですから!

 残念そうに手を引っ込めて、ヘリオスさんが宣う。


「王家御用達職人になったら、良い暮らしが出来るぞ」


「ヘリオスさんも王子様の剣術指南役になったら、良い暮らしが出来ますよ」


「要らんな」


「でしょ?」


 世間一般で言う「良い暮らし」って、美味しい物食べて着飾って、豪邸に住んで、見目麗しい異性を侍らせて……ってな感じだろうけど、オレ達パーティは美味しい物以外には興味がないもんね。ヘリオスさんとジェイドには、既に唯一無二のアステールさんとセイナも居るし。

 王家御用達になれば王家の庇護を受けられるって利点も、裏を返せば王家に首輪を付けられるって事だし。ウチは聖女に傾国美人に亡国の王子にと、訳ありが多いからね、何かあれば即逃亡出来るよう、なるべく身軽でいたいってのもある。


 うん、よく考えても、やっぱり王家御用達は要らないな。


「王家御用達はお断りします。断れますよね?」


「そうですねぇ……リヒト様に口添え頂ければ、可能でしょう。ですが、王家御用達をお断りするなら、工房は絶対に受け取りなさい。両方お断りしてしまっては、王家の体面を損なうことになります」


「工房よりも、家を置く土地が欲しいです」


「そんな事を言ったら、喜んで叙爵されてしまいますよ?」


「それは嫌だー」


 お皿のお好み焼きにソースで「爵位」と書いてヘリオスさんに渡すと、ヘリオスさんにはソースの文字をフォークで消してから受け取られた。くそう。アステールさんは爵位要りません? 要らない? ですよねー。


 王家御用達は断り、工房は受け取るという基本方針が決まったので、デザートに移ろうとしていると。

 バンッ! と乱暴に、玄関扉が開かれた。


「苦情を言いに来た! この匂いをなんとかしてくれ!」


「ハルトじゃん。一足遅かったな、最後のお好み焼きはヘリオスさんの腹の中だ」


「お好み焼きがあったのか!?」


「あ、でも小麦粉使ってるからハルトは食べられないか」


 ヘナヘナと崩れ落ちるハルトムート王子。小麦粉アレルギーなんだから、粉もん全般駄目でしょ。


「クウッ、お好み焼きもたこ焼きも食べられないなんて……」


「また米粉で作ってみるから」


「絶対だぞ!」


「わかったって。今度はイカを入れたいけど、手に入るかな」


 そんな会話を聞いていたジェイドが、尻尾をブルリと震わせ、恐ろしいモノを見る目でオレを見る。


「……師匠……クラーケンなんて食べるんですか?」


 イカがクラーケンと翻訳されていたらしい。食用のイカ、居ないの? 代わりにクラーケン、食べられるかな……。



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