アイテムボックス整理の日
久し振りに自宅のベッドで熟睡し、オレが目覚めたのはお昼近くだった。旅の疲れからか、いつも早起きなジェイドがまだ眠っている。オレが真ん中にいたはずなのに、知らぬ間にセイナが真ん中になり、ジェイドに抱え込まれていた。尻尾まで巻き付いてるけど、セイナは寝苦しくないんだろうか。
寝室を出てリビングダイニングに移ったが、まだヘリオスさん達も寝ているのか無人だった。アステールさんはともかく、毎朝鍛練を欠かさないヘリオスさんが、この時間に起きていないのは珍しい。誰も居ない部屋は少しばかり物寂しく、寝室に引き返そうとしたところ、グーッとお腹が鳴った。
「……なんか、ソース味が食べたいな……お好み焼き……」
たまに無性に食べたくなるんだよね、お好み焼きとかたこ焼きとか焼きソバとか。だけど悲しいかな、この世界でソースにはまだ出会っていない。醤油擬きがあったんだから、お好みソースは無理でも、せめてウスターソースは存在していて欲しい。これまでの聖者に大阪人は居なかったんだろうか。
ソース……頑張れば手作り出来なくもないはず。何かで手作りソースのレシピを見た覚えがある。セロリとか玉ねぎとかニンニクとか、香味野菜を煮たり濾したり煮詰めたりして、香辛料を加えるんだったか……作ったことが無いから細かい事まで覚えてないなー。でも、もう口がソース味を求めてるんだよね。適当に調味料を混ぜてみるか?
ひとまずケチャップと醤油擬きと砂糖をまぜて、塩コショウしてみた。微妙。ケチャップはうろ覚えでも手作り出来たのに。セイナがオムライス好きだから、必要に迫られたのだ。セイナのためならオレは頑張れるし、記憶の彼方からレシピも手繰り寄せられる。
だけど、ソースは自分が食べたいだけだから、イマイチやる気が出ないというか、気合いが足りないというか、根気が続かないというか。『ごっこ遊び』に設定する程でもないしな。
なんて考えていると、セイナが起きてきた。
「お兄ちゃん、おはよー。何してるの?」
「セイちゃん、おはよー。兄ちゃんさ、お好み焼きが食べたくなったんだけど、ソースが無くて」
「今日は、れーぞーこ整理の日なの?」
実家で作るお好み焼きには、半分だけ使った人参、味噌汁の残りの豆腐やちくわ、酸っぱくなってきたキムチ、みたいな、冷蔵庫の残り物を入れていたのだ。だからセイナにとっては、「お好み焼き=冷蔵庫整理の日」なのだろう。ちなみにオレの中では「カレー=冷蔵庫整理の日」の式も成り立つ。
そういえば、最近アイテムボックスを整理していない。今日はアイテムボックス整理の日にしよう、これはますます、お好み焼きの出番だ。カレーライスは最近よく食べるし、カレーコロッケやカレースープも作るから、カレー味よりソース味が恋しい。よし、奥の手だ。
「セイちゃん、お薬作るの手伝って」
「お兄ちゃん、お好み焼きは?」
「お好み焼きを作るために、ソース味のお薬を作るんだよ」
日本にも「イチゴ味の風邪薬」とか「ぶどう味の酔い止め薬」とか、あったからね。「ソース味の魔法薬」があっても良いよね!
効能は、皆お疲れ気味のようだから、疲労回復にしてみた。『ごっこ遊び』で錬成する魔法薬、即効性や高い効能を求めると、かなりの確率で失敗するからね。じんわりやんわり回復するイメージで、でも味は濃厚なお好みソースを思い浮かべてスキルを発動。セイナと一緒に実家の近所にあったお好み焼き屋の真似をして、お好みソースポットに見立てた瓶いっぱいのソースを錬成した。
ピカッ!
光ったから、魔法薬にはなっているはず。見た目はトロリとしたお好みソースだけど、如何かな?
スプーンで掬って口に入れると、コクのある甘さとまろやかさ。実家で使ってたお好みソースの味! だけど匂いがしない、惜しい!
「セイちゃん、もう1回手伝って」
「しっぱい?」
「うん」
ソースは匂いも重要だからね。特にソースが焦げる、あの食欲をそそる匂い。ということで、惜しいソース味の魔法薬を素材にして、『ごっこ遊び』をやり直す。クンクン、よし、ソースの匂いだ。
「お兄ちゃん、こんどはセイが味見がかりだからね!」
「ん、アーンして。どう?」
セイナが頭上で両手を使い、大きく「まる!」ってしたので大成功。それからアイテムボックスの中身も整理して、眠っていたエシャロットを発見。あとはベーコン、葉野菜、卵、チーズとセイナの好きな具材を見繕って、お好み焼きを作り始める。
「麺類がパスタしか無いんだよなー。うどんか中華麺が欲しいなー」
「スパゲッティーじゃ、ダメなの?」
「スパゲッティーでも良いかな、お好みソースのポテンシャルに賭けよう」
出来上がったのは広島風のような、関西風でもある、モダン焼きっぽいお好み焼き。仕上げにソース味の魔法薬を掛けると、フライパンに垂れた部分がジューッと焦げて、ソースの匂いが家中に広がる。セイナのテンションが上がって、フライパンを見ながらピョンピョン跳ねている。
そこに、ヘリオスさんが寝室から顔だけ覗かせた。
「ユウ、さっきから、なんだか恐ろしく腹が減る匂いがするんだが」
「あれっ、ヘリオスさん起きてました?」
「匂いで目が覚めたんだよ」
「なら、ついでにジェイドとアステールさんも起こしてください。お昼ご飯にしますから」
お好み焼きは、特にアステールさんに好評だった。皆がバクバク食べるので、焼くのが追いつかないほどだ。オレの食べる暇が無いんですけど?




