米粉パンでフレンチトースト
「遅い、何故真っ直ぐ家に帰って来ぬのだ!?」
カンヅメ生活を終えて、やっとこさ我が家に帰ってくると、ハルトムート王子が両手を腰に待ち構えていた。プンスコお怒りらしい。帰宅予定日を過ぎてはいるが、お城にも東レヌス商会にいた事は伝えてあるはずなのに。
「ただいま、ハル。しょうがないだろ、仕事だったんだから」
オレは王子の頭をポンポンして宥め、アイテムボックスからお土産を出す。ヘリオスさんのアームレスリング大会優勝に賭けて、貰ったメープルシロップだ。
「ほい、これお土産な」
「ありがとう」
王子はメープルシロップの瓶を一旦受け取り、じっと見て、またオレに返してくる。
「あれ、メープルシロップ好きじゃない?」
「いや、好きだから、ハル、これを使って何か作るのだ」
「えー、オレ今帰って来たばっかなんだけど?」
お城の料理人さん達に頼めよと言いかけて、王子の懇願する目に言葉を飲み込む。なに涙目になってんのさ、留守にしてたの1週間もなかっただろ。そんなに寂しかったのか? しょうがないなぁ、もう。
王子を家に招き入れ、護衛の騎士さんには城に入ってもらう。王子はウチの甲板で待ってたから寒くなかっただろうけど、騎士さんは中庭の土の上で待機してたから、寒さに震えていたのだ。ついでに防寒着を取って来て、暖かくしてお待ちください。
「うーん、『関係者以外立入禁止』を2段構えにするべきか」
「何の話だ?」
「ハルの護衛の騎士さん達が、気の毒だからさ。甲板までは入れるようにして、でも家の中には入れないように出来ないかなーと」
「騎士は鍛えているから寒くないのだ」
「いや寒いって」
話しながらアイテムボックスをゴソゴソ探り、何を作ろうか考える。オレ達パーティは東レヌス商会で夕食を済ませたばかりだし、王子も夕食後のはずだ。簡単で直ぐに作れるもの……米粉パンでフレンチトーストにしようかな、余ったら明日の朝食に回せるし。
皆まだ満腹だろうけど、念のために聞いておく。
「ええと、フレンチトースト作るけど、食べる人?」
全員だよ。セイナとヘリオスさんは両手を挙げてるし。
「当たり前だろ、ユウの作るものは別腹だからな」
ヘリオスさんが言うのに、パーティメンバー全員プラス王子が揃って頷いた。
オレが卵をカシャカシャ溶きほぐして卵液を作っている間、王子はジェイドやセイナから旅の話を聞いていた。ジェイドがキラキラした瞳で再現するヘリオスさん対拳闘樹の対戦に、王子の目もキラキラ輝く。男の子2人にキラキラした顔で見上げられ、ヘリオスさんも満更では無さそうだ。
だけど剣術や武術の話題になって、セイナがついていけなくなっている。オレは面白くなさそうなセイナを、チョイチョイと手で招く。
「セイちゃん、味見して」
卵液にパンを浸している間に作った、クリームチーズのメープルシロップ掛けと、カマンベールチーズのメープルシロップ掛けを食べ比べさせる。
「どっちが好き?」
「んー、こっち!」
セイナの好みはクリームチーズだった。アステールさんも暇そうにしてるので、再び手招き。
「私はこちらですね」
「別れたかー」
「両方作りましょう、私がチーズを切りますから、セイちゃんはメープルシロップ担当で」
セイナとアステールさんがチーズを準備する横で、オレはフレンチトーストを焼く。甘ーいフレンチトーストを人数分焼いたら、甘くないフレンチトーストに溶けたチーズを絡める。
「出来たよー」
ヘリオスさんにじゃれていた男の子2人が、パッと振り返った。セイナがお手伝いしているのに気付いて、ジェイドがバツの悪い顔になる。
「3人は片付け担当なー」
「わたしもか?」
「当然!」
フレンチトーストは全て、ペロリと平らげられた。夕食後にも関わらず、王子がモリモリ食べたのだ。ヘリオスさんと競い合って食べたので、オレのを王子の皿に移してやった。フレンチトーストが無くなると、更にチーズにも手を伸ばす王子。そんなにお腹減ってたの?
「その……独りでの食事は味気なくて、あまり食べていなかったのだ」
「え、王妃様やヒルデちゃんは?」
「母上は今、とても忙しくて。例のアクセサリー販売会に合わせてヒルデのお披露目をするのだ。その準備が大変で、最近は殆どお会い出来ていない」
「ヒルデちゃんも?」
「ヒルデもお披露目のドレス選びや、我が国の礼法を身につける授業で忙しくしている」
そうか、ヒルデちゃんは隣国の大公家の生まれだけど、男の子の振りしてたから、淑女教育を叩き込まれてるんだろうな。
「それに、ヒルデは平民になったから、気軽に会えなくなったのだ」
「婚約者なのに?」
「婚約者だからこそだ。ヒルデとの婚約は王家がゴリ押ししたようなもので、両親は認めてくれても貴族達はヒルデをまだ認めていないのだ。だからお披露目を成功させて、味方を増やして、ヒルデが認められるまでは、婚約者だとしても節度ある交流をと言われているのだ」
そうなんだ……。
オレはポケットから出そうとしていた包みから、そっと手を離した。ハルトムート王子とヒルデちゃんの婚約祝いに、お揃いのアクセサリーを作ったんだけど。渡せる雰囲気じゃない。
「でも、ひとまずお披露目が成功すれば、週に何度かお茶をしても良いと、父上と約束したのだ! だから頑張るのだ!」
カマンベールチーズを突き刺したフォークを振り上げ、王子が決意表明する。頑張れーと拍手しながら、オレはポケットの上から包みを押さえる。
ううむ、これ、どうしよう。




