甘々くらいでサインするんで
東レヌス商会に丸2日カンヅメになって、折り紙の花作りを進めたところ。
「これだけあれば、まあ、ギリギリ足りるでしょうか」
やっと商会長さんのオーケーが出た。仲間達からヤッターとかウォーとか、様々に歓声が上がる。皆疲れがピークを過ぎて、おかしなテンションになっている。ヘリオスさんとジェイドが踊ってるんだけど。まだ体力が残ってるんだな、さすが獣人。
オレは精根尽き果てて、テーブルにベタリと突っ伏した。座りっぱなしで腰が痛いし、何より手が痛い。特に指先は指紋が無くなってそうだ。セイナが頭をよしよししてくれるので、ヘラリと笑顔を返しておく。オレもセイナをよしよししたいのに、手が上がらないんだよ。
アステールさんは冷静に、商会長とお金の話をしていた。ありがとうございます、オレ今頭も働かないから助かります。この2日間、花の製作に関してだけでなく、食事やお風呂や服の洗濯と、何から何まで至れり尽くせりだったから。そこら辺の支払いとか、花の代金から材料費を引いた精算とか、人件費とか、会計処理が必要なのだ。本当はオレがやらなきゃいけないんだけど動けない。後でアステールさんにはピリ辛おにぎりでも渡しとこう。
オレ達が激務からの開放感に浸っていると、東レヌス商会の人達が部屋を片付け始めた。そのうちの1人が、折り紙用に正方形を切り取った残りの紙を指差して、オレに問う。
「こちらの紙は捨てておきましょうか?」
そんな、もったいない! 高級紙なんだから使わなきゃ。
「いいえ、使うので置いといてください」
「ユウ様、こんな細かい切れ端を、何に使われるのですか?」
商会長さんが興味深そうに聞いてくるけど、お金になりそうな話じゃないですよ。
「子ども達が遊ぶのに使うだけですから」
切れ端だけど色は綺麗だから、ちぎり絵とか、デコパージュっぽい事にも使えそうだ。細長い部分はペーパークイリングとかね。あとは樹脂で固めて小物用の豆皿なんかも作れそう。そんな話をすると、完成品を見せて欲しいと言われる。
「いやいや、子どものお遊びですから」
「だとしても、ユウ様も一緒に見本となる物を作られるのでしょう? それを、是非、見せて頂きたい」
「はぁ、じゃあ、いつになるかは分かりませんが、それでも良ければ」
オレは小物職人になる予定だけど、こっちの常識に疎いから、何が売れるか予測がつかない。折り紙の花だって、貴族に売れるなんて思ってなかったからね。専属契約してるから、どちらにしろオレの作品は東レヌス商会にしか売れないし、何か作ったら片っ端から見てもらおうか。そんな軽い気持ちで約束した。
その後、アステールさんがお金の計算をしてくれて、諸々の経費を引いた額を商会長さんが支払ってくれたんだけど。
「え、こんなに?」
枚数確認のために積まれた金貨が、思ったより多い。小金貨じゃなくて大金貨だし。
これ桁が間違ってない? とアステールさんに目で問うと、ペラリと収支報告書を差し出される。
「合っていますよ。ユウ君、計算は出来ますね?」
「出来ますけど」
「でしたら確認してサインを」
収支報告書はとても細かく記載されていた。でもわかり易い。染色された紙は色毎に、値段と使った枚数を掛けて合計金額が書いてある。やっぱり濃い色の紙は高い。だけど、濃い色の紙で作った花も高額で買い取ってくれているから、加工料はだいたい同じくらいになるんだけど……。
加工料、つまり、オレが紙を折って花の形にし、コーティングするまでの技術料が、なんと小金貨1枚! 拳闘樹の涙はオレ達で調達したから、それ込みの値段なんだけどさ、それでも高過ぎない?
「あのー、このお値段で良いんでしょうか」
「もちろんです! こちらとしては、もっとお支払いしようと思っていたのですが。提示した額を値切られてのお値段なのです」
商会長さんがアステールさんを見て、肩を竦める。アステールさん、加工料を値切ったんだ。普通逆じゃない?
「ユウ君は、あまり高額な報酬よりも、生産数の裁量権が欲しいでしょう?」
「ええと、それは、オレが製品を作る数を決められるってことですか?」
「はい。ユウ君は頼まれたら断れなくて、無理をしがちですから。毎月作る数を、余裕を持って決めておきましょう」
「当商会としましては、多少の融通は利かせて頂けると有り難いのですが。ユウ様のご負担にならないように致しますので」
「定数を越える場合は、加工料3倍で引き受けましょう」
「せめて2倍でお願いしたい」
アステールさんが海千山千の商会長と渡り合っている。凄い。もう契約に関することは、アステールさんに任せちゃっても良いかな。
とりあえず収支報告書にサインして、金貨を数え、受け取りのサインもしておく。金貨の詰まった袋をアイテムボックスに仕舞い、塩キャラメルクッキーを木皿に盛っていると、商会の人が紅茶を淹れてくれた。追加のクッキーを皿に盛り盛りにして、紅茶と交換する。お疲れ様でした、これ皆さんでどうぞ。
おやつに群がる仲間達。和気あいあいとした雰囲気の中、アステールさんと商会長さんの間にだけは、緊張感が漂っている。お互いにニコニコ笑顔なのにね、皆怖がって近付けないくらい圧がある。そこに、敢えて踏み込むオレ。
「アステールさん、オレ常識がないんで契約に関してはお任せします。卸値はアステールさんから見て、甘々くらいでサインするんで」
「ユウ君」
「その代わり、守秘義務に関してはギチギチに厳しくしてください」
「……良いでしょう、任せなさい」
こうしてオレ達が呑気にお茶する横で、アステールさんが頑張ってくれた結果。完璧な契約書が出来上がった。オレはお金より安全とか自由を取り、東レヌス商会は利益を得る代わりに面倒事を一手に引き受けてくれるという、双方の重視することが違うからこそのウィンウィンの契約である。
オレが契約書を読み通してサインする間、アステールさんと商会長さんは、固い握手を交わしていた。何故か仲良くなったようで、城での販売会が終わったら、一緒に酒を飲む約束をしている。もちろんヘリオスさんが割り込んで、同席を決めていたけど。
うーん、大人の友情って、よく分からん。