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餌付けしたからには

 セイナに手を引かれてテントに入ると、ジェイドが正座して待ち構えていた。


「ジェイド、セイちゃんも寝てなかったのか」


「寝てる場合じゃないようでしたから」


 この騒ぎで起こしてしまったようだ。でも、丁度良かった。セイナとジェイドにも、オレが冒険者を辞めるの話さなきゃいけないから、一度に済ませられる。


「ええと、聞こえてたよな?」


 ヘリオスさんもアステールさんも、あれだけ大声出していたから聞こえないはずがない。オレの確認に、ジェイドがしっかり頷くと、ヘリオスさんが眉をひそめた。


「なら、何でジェイドはそう落ち着いてるんだ。パーティ解散の危機なんだぞ!」


「だって、パーティが解散するとしても、師匠がボクを捨てることは絶対にないですから。師匠は拾った猫を最期まで面倒見てくれる、責任感の強い飼い主ですよね?」


「オレはジェイドの飼い主じゃないんだけど。あと、ジェイドはヘリオスさんに預けて、見習い冒険者に──」


「ボクが不器用だから破門されるんですか!?」


「俺達も見捨てられるのか?!」


「餌付けしたからには最期まで責任持って面倒を見るべきです、セイちゃんもそう思いますよね!?」


 オレはジェイドとヘリオスさんに泣き縋られ、身動き出来なくなった。その隙にアステールさんはセイナを味方に取り込むべく、仮面を外してセイナに迫る。両手でセイナの肩を掴み、真正面からセイナの目を見つめるアステールさん。渾身の魅了が声に乗っているようで、耳にしただけのオレまでクラリとくる。イカン、ここで絆されたら駄目だ、気をしっかり持てよオレ!


 そんな、必死で正気を保とうとしているオレを尻目に、セイナはアステールさんに迷い無く同調した。


「セイも、拾ったネコさんはずっとお世話してあげないと、いけないと思います!」


「ですよね! さあユウ君、貴方の大事な妹はこちらの味方です。先程の巫山戯た発言の撤回を」


「でも、お兄ちゃんはぼーけん者をやめて、カワイイものを作る人になったらいいなと思います!」


「「「セイちゃん!?」」」


 対オレ特効のセイナの、手のひらを返すような言葉に、他の3人が愕然とする。セイナはアステールさんの手をすり抜けて、オレの首に抱きついた。


「だって、お兄ちゃん、みんながケガするのやだもん。セイもいやだから、お兄ちゃんとお家で待ってるの」


 目の光を失っていた3人が、ノロノロと顔を見合わせた。徐々に彼らの目に光が戻るのを見て、オレは3人の誤解に気付く。


「もしかして皆、オレが冒険者辞めたらお別れだとか、思ってました?」


「違うんだな? 違うと言ってくれ!」


「違いますよ。オレの希望はセイちゃんが言ったとおりです。オレは小物職人になってセイちゃんと町で暮らし、ヘリオスさんとアステールさんはオレとセイちゃんの家を拠点にする。ジェイドはヘリオスさん達について見習い冒険者として鍛えてもらったり、オレの仕事を手伝ったりしながら、将来のことを考える」


「つまり、近場の依頼を受けて、日帰りすれば良いんだな?」


「どんな依頼を受けるかは、好きにしてください」


 毎日帰って来てくれるなら、オレとしても安心して過ごせるからね。ジェイドもあまりセイナと離れたくないだろうし。朝オレ達の家から冒険者3人が出勤し、夕方帰って来て、皆で揃って晩ご飯を食べるのが理想だ。何ならお弁当とおやつも準備するよ。


 問題はオレ達の家を何処にするかなんだけど、そう急ぐ話でもないから、のんびり探せばいい。取り敢えず冬の間は、お城の中庭で暮らす予定だし。ウルが育って『かくれんぼ』がレベルアップすれば、家も隠せるようになるかもしれないし。


 そんな、都合のいい未来予想図を描いているオレの向かいで、何か考えを巡らせていたらしいアステールさんが手を挙げる。


「でしたら私は、腕の良い小物職人として日々狙われることになるユウ君の、専属護衛依頼を受けようと思います」


「えっ?」


「そりゃ良いな! 俺もユウの専属護衛依頼を受けるぞ! 無期限の!」


「だったらボクは、セイちゃんの永久専属護衛になります!」


「ちょっと待って? オレの護衛なんて必要ないから、仕事として成り立たないと思うし、そんな依頼誰が出すの?」


「もちろん冒険者を辞めたユウ君が、指名依頼として出してください。格安で引き受けますから」


 アステールさんが極上の笑顔を浮かべる。ああ、これはオレを言いくるめようとする顔だ。


「先程セイちゃんが言っていたことを踏まえると、ユウ君は私達仲間が怪我をするのを見ていられなくて、冒険者を辞めたいのでしょう?」


「……はい」


「ですが、ユウ君とセイちゃんがパーティから外れると、私達が危険な目に遭う確率が、飛躍的に上がります。魔物との遭遇率がゼロから跳ね上がるのに、ユウ君のテントや家という安全地帯を持ち運べなくなりますからね」


「また冥府の葬列みたいなのに出逢ったら、命運が尽きるな。俺は最期の時に思うんだ、ああ、ここにユウが居てくれれば、生き延びることが出来たのに!」


 ヘリオスさんが芝居がかった口調で大袈裟に嘆いてみせる。罪悪感煽るのやめて。


「そうならない為にも、私達はユウ君やセイちゃんと一緒にいるのが最適だと思うのです。たとえパーティメンバーとしてでなくとも」


 確かにオレやセイナが一緒にいることで、仲間の生存確率は格段に上昇する。だけどオレが冒険者を辞めるのは、オレの中では確定事項だ。性格が壊滅的に冒険者に向いてないって思い知ったので。自分で思っていた以上にチキンハートだったから、ここぞって時に仲間の足を引っ張りそうだし。


 欲を言えば、ヘリオスさんとアステールさんにも冒険者を辞めてもらって、安全に暮らして欲しいのだ。だけど、そんな我儘は言えないからな。ジェイドも本格的に冒険者として活躍させたいんじゃなくて、オレに何かあってもセイナと生きていけるように、色々と身につけて欲しいだけ……そう考えると、オレ達の専属護衛依頼、有りか?


 その必要性はともかく、オレの護衛なら基本町中で過ごすから、危険は少ないはず。お金が無いからお給料はあまり払えないけど、住む場所と食事は提供出来る。オレが外出しない日には護衛の必要もないから、人数が少なくても休日が回せるし、他の依頼を同時に受けてもらっても構わない。オレ達の専属護衛依頼、有りかも。


 オレの気持ちが傾いたのを見透かしたのか、アステールさんが嬉しそうに、ほわりと笑う。


「ですからユウ君、冒険者を辞めるなら、私達に専属護衛の指名依頼、出してくれますよね?」



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