ウサギに勝てる亀
丸一日折り紙に費やして、平民用の紙花を作り続けたオレ、プラスセイナとアステールさん。セイナはお昼寝の時間も寝ずに頑張ってくれたので、夕方にはこっくりこっくり舟を漕いでいた。危ないからと、お手伝いを続けようとするセイナを寝かしつけ、そこからはアステールさんと2人で日が沈むまで頑張った。やっと数が揃って、一息つけるようになったのが今である。
「これだけあれば、お城の人達全員に行き渡るはずです。アステールさん、ありがとうございました!」
「いえいえ、あまり戦力にならなくて申し訳ないです」
「そんな事ないです! アステールさんが途中まで折り目をつけてくれたから、随分楽になりました!」
折り紙を正方形に切る段階で、アステールさんがかなり几帳面だと知れたからね。折る工程も手伝ってもらったのだ。ぴっちり角と角を合わせて、しっかり折り目もつけてくれるので、その後がとても折りやすかった。小さいサイズの折り紙は、無理だと断られたけど。アステールさん、細くて長い指をしてて器用そうだから、慣れれば小さい折り紙もいけそう。
「次回はこっちの小さいのも、お願いしますね」
「だから無理ですって」
「あれだけ細かい魔法操作が出来るんだから、アステールさんは器用なはずです! 何なら風魔法で折ってみても良いんじゃ」
「無茶を言いますね。ですが、ジェイドの魔法操作の練習には使えるかも……」
おっと、ごめんよジェイド。ただでさえ厳しいアステールさんの魔法の修行が鬼モードになるかも。でもジェイドはやればできる子だから。種籾への吸水だって、かなり難しいって言いながらも出来るようになったからね。
そのジェイドとヘリオスさんは、紅燈石の採取からまだ帰って来ていない。昼食時には遅れず戻って来たので、ヘリオスさんの腹時計は正確に動いているはずなんだけど。何かあったのかな。
「2人とも遅いですね。迷子にでもなったかな」
「それは無いでしょう。ヘリオスは私の匂いが届かない場所には行きませんから」
「……それ、恥ずかしくないですか?」
「ユウ君。この位で恥ずかしがっていては、獣人のツガイは務まりません。獣人のツガイになると、羞恥心が麻痺してくるのですよ」
セイナの羞恥心はまだ無事だろうか……幼いうちからジェイドのベッタリに慣れてしまうと、それが普通になるかもしれない。羞恥心が麻痺するどころか育たないんじゃなかろうか。
「アステールさん、セイちゃんの情緒が上手く育たなかったら、相談させてください」
そんな、他愛のない話をしながら、のんびり予備の花を作っていると。
シュルルルッ、ドゴッ!!
衝撃音と共にテントが揺れた。
「わっ!」
「何事です?」
「アズ! 出てくるな!」
外からヘリオスさんの声が、アステールさんを止める。出入り口から外を覗こうとしていたアステールさんが動きをとめ、集中するように目を閉じた。オレもセイナの無事を確認する。セイナは揺れと音を物ともせず、大の字になって寝ていた。子どもって、熟睡すると何しても起きないよね。
「ユウ君、どうも外に魔物が居るようです。ヘリオスが捕まえたみたいですが」
「おう、やっと目当ての紅燈亀を見つけたから、ここまで追い込んだんだ! もう少し待っててくれ!」
ヘリオスさんが外から補足する。ジェイドの声も聞こえ、2人掛かりで紅燈亀を抑えつけているようだ。ガツンガツンとの硬い音と共に、キョエーッて感じの鳴き声もする。あれは紅燈亀の鳴き声なのか?
しばらくすると、シュルルルル……と音が遠ざかり、ヘリオスさんとジェイドがテントに入って来た。ただいま、おかえりと掛け合う声に、さっきも聞こえた奇妙な鳴き声が重なる。
キョエーッ!
「あのー、今の鳴き声みたいなのは」
「あ、これです!」
ジェイドが両手で捕まえていたのは、ジェイドの握り拳ほどの大きさの、ゴツゴツした紅い石。ゲジゲジ眉と小さな点のような目、台形の口からは、今はキョキョキョ、キョキョキョと鳴き声が漏れている。うるさい。
「紅燈石だ。ユウ、何か密閉出来る容器をくれ」
「密閉……ジャムの瓶くらいしかないですけど、まだ中身が入ってます」
「くれ! 俺が食べるから!」
ヘリオスさんがジャムだけ舐めて空にした瓶を、スーちゃんに綺麗にしてもらう。そこに紅燈石を入れて蓋を閉めると、紅燈石の鳴き声が次第に小さくなって、やがて鳴かなくなった。
「これ、窒息したんじゃ……」
「いいや、寝てるだけだ。石だからな、元々息はしてない」
呼吸はしないのに鳴くんだ。魔法生物なのかな。でも、特に許可なくテントに入れたから、生物ではなく鉱物扱いなのか? 不思議だ。
紅燈石は小さな目と口を閉じ、確かに眠っているように見える。蓋を開けると目覚めてまた鳴き出すらしい。
「それ1つしか見つからなくてな、遅くなった。石が寄生してない亀ばかりで」
「1つで十分ですよ。これの採取って難しいんでしょ?」
しかも、成功しても実入りが少ないからと、放置されていたのを副ギルドマスターに捩じ込まれた依頼だ。1つでも持ち帰れば喜ばれるに違いない。
「とにかく腹減った。ユウ、晩ごはんの時間は過ぎてるよな?」
「はいはい、今準備しますから。ジェイド、あれ、ジェイド?」
「ジェイドなら、ほら」
アステールさんが示す先には、セイナの隣で丸まって眠るジェイドがいた。
「あー、疲れてんだろ。亀を追い掛けて走り通しだったからな」
「紅燈亀ってのは、ウサギに楽々勝てる亀ですか?」
2つめの依頼も達成出来たので、明日には我が家に帰れるはずだ。ヘリオスさんのお腹が夕飯の催促をする音に、オレはアステールさんと顔を見合わせ、笑ったのだった。




