結婚式ごっこ
紡績の町を過ぎ、織物の町を目指す馬車旅の途中。ジェイドと交代で物陰で用を足し、戻ってみると、セイナが花を摘んでいた。トイレに行く意味ではない。スライム事件後、セイナは一度もトイレを使わず、もよおす度に『きれいきれーい』で済ませている。
オレとの約束を守って人目につかないよう隠れて魔法を使うので、一度それを褒めたところ、
「知らない人の前でおトイレは出来ないもん!」
との返事がきた。それもそうだ。
トイレ休憩のために馬車が停まった場所には、白詰め草に似た、けれど黄色い花が群生していた。その花を、小さな手に掴めるだけ摘むと、セイナが花冠を作り始める。4歳にしては器用なセイナは、隙間なく花の揃った花冠を作り上げてゆく。充分な長さになったところで、オレにバトンタッチ。最後の部分だけは、難しいのでオレの出番なのだ。
「お兄ちゃん、はい」
「ん。他の花も足す?」
「んー、じゃあ、これ!」
道端のオレンジ色の花が手折られた。それも一緒に編み込んで、花冠を仕上げる。出来上がった花冠を頭に乗せてやると、ニパッとセイナの笑顔も咲いた。
「可愛い?」
「うん、世界一可愛い」
「やった! 次、ジェイドの作るね!」
セイナがまた花を摘み始めたので、オレも周囲を見回した。
地球はハロウィンシーズンだったが、こちらの世界も秋。朝晩は肌寒いけれど、今日は天気も良く暖かい。そういえば、こっちに来てから雨に降られていなかった。雨だと移動が大変なので、運が良い。セイナがいると、運動会とか旅行とか、だいたい晴れるんだよな。
街道沿いには色とりどりの花が咲いていた。目立つ赤い花は茎が短く太かったので止めて、その隣で控えめに咲いていた、小さな薄紅色の花を摘む。五弁の花びらに続くのは、細くしなやかで、蔦のような長い茎。いい感じだ。
薄紅色の花を使って、オレは花の指輪を作った。花冠より花の指輪のほうが作りづらい。セイナの指に合うよう小さくすると、更に難しい。
「お兄ちゃん、これも!」
「待ってね、ここが……よし、出来た。セイちゃん、はいどうぞ」
完成した花の指輪と、作りかけの花冠を交換すると、セイナは早速指輪を嵌めた。まだぷっくりとした左手の薬指が、薄紅色の花で飾られる。
「セイ、お嫁さんみたい?」
「そうだねー」
「じゃあ、ジェイドがお婿さんね!」
「え、ボクが、セイ様のお婿さん……」
「えっ、兄ちゃんじゃなくて?」
「お兄ちゃん知らないの、きょうだいは結婚できないんだよ? お兄ちゃんは神父さんやって」
そ、そんな……。つい最近までオレが花婿役だったのに、賢くなっちゃって……。
セイナは愕然とするオレの横からジェイドを引っ張って、自分の隣に立たせる。そこは今までオレの立ち位置だったのに。ジェイドなら、まあ、ギリギリ、許せなくもないけど、はぁ……。
いじけた気持ちで溜息を吐きながら、2個目の花冠を仕上げた。ジェイドは今日も深々とフードを被っているので、その上に乗せてやる。それから、セイナの注文でジェイドの指輪も作る。せめてもの抵抗で、水色の多弁花を使った。お揃いの指輪はまだ駄目、せめてあと30年くらい経ってからで……。
「神父さん、早くしてください!」
「…………………………はい……」
不承不承、二人の前に立つと、何だなんだと馬車の乗客達が集まって来た。セイちゃん、本当にやるの? 周りの皆さんもニコニコと注目しないで。そこの吟遊詩人、結婚式っぽい曲を演奏するんじゃない!
オレは周囲からの圧力に負けた。仕方なく、本当に仕方なく、オレは二人の手を取ると、適当な誓いの言葉を述べる。
「えー、セイちゃん、元気な時も病気の時も、ジェイドと仲良くする事を誓いますか」
「ちかいます!」
「ジェイドも誓いますか」
「はい、一生側にいてセイちゃん様を護ると誓います」
巻き起こる拍手。誰も、オレの手の中が光った事には気づいていない。口笛吹いて囃し立ててる野郎共、誓いの口づけは無しだ。無しったら無し、終了! はい解散!
好き勝手に祝辞を口にして、馬車へと戻ってゆく人々。オレの笑顔が引き攣ってるのを見て、苦笑している。
周囲に人が居なくなってから、オレは手をそっと開いて、セイナとジェイドの指を確認した。花の指輪は形はそのまま、ガラスのような透明感のある材質の指輪に変化していた。ですよねー。
予測を裏切らず発動していたオレのスキル。結婚式ごっことか、二度とやらんわ!
だけど、指輪といえば金属製か、プラスチック製の玩具しか頭になかったが、ガラスの指輪ってのもあるんだな。これなら売り物として安過ぎず、高価過ぎず、丁度良いかも。
血の涙と引き換えに、オレは有益な気付きを得た。馬車が出発すると呼ばれるまで、オレは心を無にして花を摘んでいたのだった。