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アステールさんによる厳しい品質チェック

「あの人、本当に大丈夫だったかな」


 オレがポツリと呟いたのを、晩酌中のヘリオスさんの耳が拾ったらしい。


「あの人ってのはどの人だ?」


「あ、パラスさんのお父さんだって人です」


「ああ、大丈夫じゃないか? あの人、あれで強かそうだったろ」


「そうですか?」


 オレは、拳闘樹の涙に浸けたガーベラの紙花を、お箸で慎重に摘み上げた。たらいに出した拳闘樹の涙には、色とりどりの紙の花が沈んでいる。それらを金属製の網の上に移し、一晩乾かす予定だ。お箸で摘んだまま涙に浸せば楽なんだけど、そうするとコーティングされない部分が出来てしまうので。先の細いピンセットが欲しい。


「確かにあの男性は、温厚そうに見えて、抜け目のない商人のような目をしていましたね」


 アステールさんが、辛めのスパイスを効かせたナッツを1粒、口に運ぶ。ポリポリと上品に食べるその横で、ヘリオスさんがメープルシロップを掛けたナッツをカレースプーンで掬い、口に放り込んだ。


「きっと、私達の邪魔をするよりも恩を売った方が、後から大きく回収出来ると思われたのでしょう」


「だな。そのうち拳闘樹の涙を仕入れる店とかで、しれっと再会すんじゃねーか?」


「でしょうね。ユウ君の紙細工、これから注文が殺到するでしょうから。拳闘樹の涙ももっと必要になるでしょうし」


 オレは摘み上げた紙花を揺すって、余計な拳闘樹の涙を振るい落とした。涙の滴がポタリと落ちて、波紋が広がる。節約しなきゃ、またヘリオスさんが戦わなくても良いように。


 マッチョ集落から逃げ出したオレ達は、来た道を馬で半刻ほど走って戻り、野営をしている。子どもはもう寝る時間で、セイナとジェイドは布で仕切った向こう側でお休み中だ。

 オレは城で売る髪飾りのパーツ作りに精を出している。王都に帰ってすぐに、東レヌス商会に卸すためだ。


「もしあの人と再会したら、紋切りを幾つかプレゼントしようかな」


 逃げる間際にお礼に渡そうかとも思ったが、仲間達に急かされて、結局渡せなかったのだ。アイテムボックスを漁って紋切りを取り出していると、甘いナッツを平らげたヘリオスさんが近寄って来た。


「あ、おつまみ追加します?」


「いや、つまみを催促しに来たんじゃなくて。あの人の思惑通りになりそうだから、ユウがやり過ぎないようにだな」


「思惑通り?」


「ああ。ユウは何かしてもらったら、必ず返そうとするだろ。それも利子つけて」


「そんなユウ君の人間性を見抜いて、あの男性は私達を逃がしたのでしょうが。そんな打算など、気にする事はありません」


 うーむ、そうなのか? でも、あの人とは全く関わってなかったのに、オレの性格なんて判るもんかね。鑑定? あの人、自分の目は特殊だって言ってたし。


「気にするなって言っても気にするのがユウだろ」


「そうですね。なら、ユウ君がやり過ぎないように、お礼の品は私達で選びましょう」


 ヘリオスさんに続き、アステールさんも傍に来て、オレの手元を覗く。オレが選んだのは紅い梅の花のような紋切りと、水色の雪の結晶のような紋切り。更に蝶々や、ちょっと変わったところでアラベスク模様の紋切りなんかも並べていると、アステールさんの手がオレの肩に置かれた。


「ユウ君、これらよりも簡単な模様の物はありますか?」


「幾つかありますけど、その辺はパラスさんに見せたんで他のにしようかと」


「では、今ある中で1番複雑な模様の物は?」


 オレはピンクの八重桜の周りを蝶々が飛んでいる紋切りを、アイテムボックスから引っ張りだした。これは気に入っているので自分で持っていたい。でも、プレゼント用にもう1つ作ってもいいかも。


「……ユウは器用だよな。俺には無理だ」


「意外と簡単なんですよ。試しに作ってみます?」


「いや、遠慮する。こんな上質な紙を使って失敗したら、洒落にならん」


「これ、オレの魔法薬で試しに染めたのだから、そこまで高級な紙じゃないですよ」


「そこからですか……」


 アステールさんが額に手を当てる。

 オレは何が拙かったのか理解出来ず、首を捻った。元は冒険者ギルドの依頼書に使われているような、お手頃価格の紙なのだ。染めたところで紙質は変わらないはず。青くないし。


「ユウ君、染色された紙というのは、それだけ高価になるのです」


「はい、ひと手間分だけ高くなるのは判ります」


「手間賃だけでなく、染料の費用も上乗せされるのです。そこは理解出来ますね?」


 何だか子ども相手に説明するように、アステールさんが優しく丁寧に話してくれる。目が笑ってないけど。

 オレが頷いてみせると、今度はヘリオスさんが、こちらは真面目くさった顔で言う。


「これだけ鮮やかな色に染めるためには、何度も何度も染めを繰り返さなきゃならない。その度に染料が必要になるから、色合いが濃い紙や布ほど高くなるんだ」


「それを踏まえて、ここに並んだ品物を見て、どう思います?」


「えーと……綺麗な色だな?」


「普通は高そうな色だって感想になるんだよ……」


 そうか、オレは飾りにするなら目立つ色が良いかなと、ビビッドな色の紙ばかり作ってたんだけど、そこから間違ってたのか。


「特に紙の染色はまだ歴史が浅いので、手法が確立されていません。それなのに、こんな色鮮やかな紙が何色も出てきてしまっては」


「偉い人や悪い人に目を付けられるんですね。でも、紋切りはともかく、髪飾りのパーツの花を作り直すのは、ちょっと」


「全部出しなさい。色によっては濃い色の紙も流通していますので、選別します」


 そこからは、アステールさんによる厳しい品質チェックが始まった。基準より下の品物を弾くのとは逆の、基準を上回る品物を除外するチェックだ。アステールさんが「これはまだ世に出しちゃ駄目」と判断した品は、容赦なく箱に入れられ封印された。残ったのは半数くらい、ピンクと赤が多い。


「赤系統の色は貴族に好まれますから、研究が進んでいるのです。ですから、これらは全て貴族用ですね」


 平民の使用人さん向けのパーツが無くなってしまった。急いで作らなきゃと焦るオレの手を、アステールさんがガシリと掴む。見た目は華奢なのに握力が強い。


「ユウ君。何か作る前に、必ず私に見せなさい。必ずです。必ず、私に、見せなさい」


 2回どころか3回繰り返された。オレの作品作りにアステールさんの監修が入ることが、決定したのだった。


 因みにパラスさんのお父さんへのお礼の品は、水色の雪の結晶と、薄紫色の蝶々になった。選ばれた紋切りを拳闘樹の涙に浸して、これだけじゃ物足りないなと思ったオレ。


「これを飾りにして生チョコの箱詰めを」


「「やめなさい」」


 これからは、個人的なプレゼントにも監修が入るらしい。2人とも過保護だよね。

 


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