表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/177

コマンド「逃げる」

 ヘリオスさんの選んだコマンド「逃げる」。思ってもみなかった指示にオレは驚き、「へ?」と間抜けな声が出た。アステールさんがクスリと笑う。その手で三角錐の置物が、ブーンと音を立てている。知らぬ間に盗聴覗き見防止の魔道具が作動していた。


「何ですかユウ君、ポカンとして」


「え、いやだって、逃げるって」


「おう、とっとと逃げるぞ。もうここに用はないだろ」


「そうですけど。せめてパラスさんには挨拶しないと」


 困惑しながらもそう言うと、ヘリオスさんが真顔で首を横に振る。


「のんびりしてると逃げられなくなるぞ。あの連中、今夜は夜通し呑み明かすんだろうからな。巻き込まれて呑まされて、気付けばここの専属になってたなんてのは御免だ。もうアームレスリングは当分やりたくない」


 そうなんだ。ヘリオスさん、快く応じてたように見えたけど、実はうんざりしてたのか。

 

「それに、ユウも勧誘されたの、はっきり断ってないだろ。あれはまだ諦めてないぞ。執拗く食い下がってくるだろうし、泣き落としでもされたら面倒だ」


「ユウ君は何をやらかして目を付けられたのです」


「いや何も──」


「紙細工を幾つか見せてた」


「簡単なのだけです、ちゃんと自重しました!」


「そうだな、ユウにしては控え目にやらかしてた」


「控え目でも、やらかしていたのですね。では、あの手この手で引き留めにかかってくるのは確定です。急いで逃げないと何日も足留めされて、王妃様から捜索隊が出されますよ」


 いやまさかそんな、ハハハと笑い飛ばそうとしたが、ヘリオスさんにジェイドまでが大きく頷いている。


「師匠、ボク、ハルトムート王子にいつ帰って来るのかって、何度も聞かれました。遅くなるとお城の女の人達が暴動を起こすから、必ず予定通りに帰って来いとも言われました」

 

 紙花アクセサリーをお待たせしているからね。オレ達が城から離れるのも渋られたから、アクセサリーの材料を仕入れるためだって言って説得したのだ。うん、ここで足留め食らってる場合じゃないな。お城の女性陣を敵には回せない。


「わかりました、逃げましょう!」


 そうと決まれば急がなければ。マッチョ達が拳闘樹の涙を採取するために、集落の奥に集まっている今がチャンスだ。オレ達は風呂に入っていると思われてるから、しばらく姿が見えなくても探されないし。


 アステールさんの提案で、オレの『かくれんぼ』で姿を隠して移動し、ロキ達と合流、そのまま逃げるという手筈になった。ヘリオスさんが「急用が出来たので帰る、挨拶も出来ずすまん!」との内容の置き手紙を書いている横、アステールさんが風魔法で逃走経路を確認。オレはジェイドに『かくれんぼ』の説明をする。


 オレの『かくれんぼ』、ウルを見つける鬼役が必要なんだけど、その鬼役をジェイドに任せることになった。姿を隠せない鬼役はオレが引き受けるつもりだったが、オレとヘリオスさんは目を付けられている当人だからと却下され、子どもだからと注視されていない、かつ機転が利いて足が速いジェイドに白羽の矢が立ったのだ。


「ジェイド、『かくれんぼ』を解除するには、ウルを見つければ良いから。ウルはセイちゃんのポシェットに隠すからね」


「はい、セイちゃんなら匂いで居場所が判るので、大丈夫です!」


 そうだと思ったからウルの隠し場所をセイナにしたんだけど、それは言わないでおく。自分で言うのは良くても、人に指摘されると恥ずかしいかもしれないので。


「セイちゃんはヘリオスさんとトールに乗るから、ジェイドは今回だけ、フレイヤに一人乗りな」


「ボク、セイちゃんと一緒が良いです」


「知ってる。でも、『かくれんぼ』の効果範囲がまだはっきりしないから、1番目立つヘリオスさんが確実に隠れるように、ウルの近くにしたいんだ。ここから離れるまでの、ほんの少しの時間だからさ」


「……わかりました」


 無理やり自分を納得させたらしいジェイド、ギリギリまでセイナの匂いを嗅ぐことにしたようで、セイナの首筋に鼻を押し付けてクンクンクンクンしている。その間に置き手紙を書き上げたヘリオスさんが、畳んだハーフパンツの上に封筒を置く。


「よし、こっちは準備出来た」


「周辺も無人です。ユウ君、今のうちに」


「はい、ジェイド、ヘリオスさんにセイちゃんを渡して。セイちゃん、今からかくれんぼするから、鬼に見つからないように静かにしててね」


「うん!」


「ウル、セイちゃんのポシェットに隠れような?」


 ウルがオレの手のひらから、セイナのネコさんポシェットに飛び移った。ポシェットのネコ耳の間から顔を出したウルに、ジェイドが顔を近付ける。


「ええと、ウル、今日はボクが鬼です。ボク以外の、セイちゃんとユウ師匠と、ヘリオス先生と、アステールさんと一緒に隠れてくださいね」


 ワンッ!


 ジェイドが10まで数えるうちに、ウルがモゾモゾとネコさんポシェットに潜り込む。ポシェットの底にポコンと膨らみが出来たので、そこに居るのだろう。


「──きゅーう、じゅう! ええと……」


「ジェイド、もう良いかい、だよ」


「そうでした、みんな、もういーかーい?」


「「「「もういーよー」」」」


 キュウウン、クゥーン!


 ウルの鳴き声と共に、モワモワッとした黒い霧のような物がオレ達に纏わりついた。全身を覆う黒い霧状のものは、セイナの頭上で尖った耳を形作り、アステールさんの腰から太い尻尾を生やしている。これは犬耳と犬の尻尾か? 可愛いな!


「お兄ちゃん、ワンちゃんのお耳!」


 セイナがオレの頭上を指差すので、オレにも犬耳がくっついている模様。身を捩ると、背後にモワモワ黒い尻尾も揺れている。


「おおー。これ、ジェイドにはどう見えてる?」


「皆の姿は見えません。空中に薄っすら黒い靄のようなものがあって、そこだけ景色がブレて見えるというか」


「完全に透明化はしないのですね。ですが、もう日が暮れて薄暗くなっていますから、目隠しとして有効でしょう。ユウ君、ジェイドが解除するまで、ずっとこのままですか?」


「わかりません!」


 『かくれんぼ』はまだ殆ど検証出来てないからね。ヒーローごっこの時みたいに、視界にカウントダウンも表示されないし。


「なら、今すぐ作戦開始ですね。ジェイド、いけますね?」


「はい!」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ