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この程度なら大丈夫かなはアウト

「なんだよ、専属希望じゃねーのか……」


 ビアーさんがガッカリした声で肩を落とした。アームレスリング大会の後、オレとヘリオスさんはまだテントに戻れずにいた。拳闘樹の涙を分けてもらうのを思い出し、オレはパラスさんに交渉中だ。その向かいで世間話をしていたヘリオスさんが、ここに住む気はないと伝えたらしい。


「おや、それは残念ですね。お子様連れなので、わたしもてっきり専属希望なのだと思っていましたよ」


 パラスさんにも専属希望だと誤解されていたようだ。冒険者も結婚したり子どもができたりすると、安定と安全を望むようになるみたいで、村付きや商人などの専属になる事が多いらしいからね。ここの専属冒険者にも所帯持ちが何組かいるそうだ。だけど子どもができると、より安全な町等に移ってしまうという。


「ここからでは学校にも通えないですしね。仕方のないことですが、工房としては、商品の安定供給のためにも常に強者を求めておりまして」


「だけどさ、冒険者にゃそもそも拳1つで戦える奴が少ねーだろ? 剣だの槍だのに頼ってるよーなのばっかだからな」


「俺も本来は剣士なんだが」


「そーなのか?」


「ああ。この依頼も、ユウに頼まれたから引き受けたんだ。ユウが作る小物にコーティング剤が必要でな」


「ほほう、ユウさんは細工物の職人さんですか? 作品を見せてもらっても?」


 パラスさんが食いついたので、オレは花以外の紙細工をテーブルに並べる。蓋付きの箱は正方形と六角形のシンプルな物のみ。リボンやハートが付いてたり、動物型の箱なんかも作れるけれど、そちらは秘蔵しておいた。それから「紋切り」、折った紙を切って模様を作ったものを数種類。これも単純な物だけしか出さないでおく。オレの、この程度なら大丈夫かなはアウトなのだと学習したのだ。


 自重した結果、テーブルに並んだ作品はオレが暇な時に片手間に作った物ばかりになったが、パラスさんは目を輝かせた。


「なるほど、紙細工ですか。強度を上げるために樹脂コーティング剤を使うのですね」


「はい。幾つかコーティング剤を教えてもらった中で、紙をコーティングするなら拳闘樹の涙が適していると聞きまして」


 拳闘樹の涙は無色透明で粘土が低く、サラッとした液体なのに紙に染み込まないらしい。だから紙の色が変わらないのが良い。更に、経年や日光による変色を防ぐので、せっかくの紙細工が黄ばんだり退色したりしないのが素晴らしい。おまけに肌に付いてもかぶれたりせず、火に強いという安全性の高さが最高! その代わり、お値段も最高! という資材なのである。


 パラスさんがオレの紙細工を手に取って、真剣な目で品定めしている。紋切りは折り目を戻して確認しているので、作り方が理解出来ただろう。箱も展開してみたそうにしてるけど、素知らぬ顔でお茶を飲む。紙細工をそのまま売ると、こうやって作り方を知られて真似されるから、それを防ぐためにもコーティングした状態で売りたいのだ。


「ユウさんは、職人ギルドか、何処かの工房に所属されてますか?」


「いいえ、でも、東レヌス商会と専属契約をしています」


「東レヌス商会ですか……あそこの商会長はやり手ですよね。フリーなら、うちの工房に来て欲しかったんですが。業務提携等は難しいですか?」


「すみませんが、そういったことは今は考えてません。拠点も決まっていないので、この国を離れる可能性もありますし」


「是非ともここを、拠点の候補に入れてください!」


「いやー、オレの一存では」


 ヘリオスさんに助けを求めようとしたが、居ない! 置いていかれた? いや、ヘリオスさんはそんな薄情な人じゃないとキョロキョロ探すと、後ろの席に移動して、またアームレスリングしてた。相手は今仕事が終わったばかりで、勝ち抜きアームレスリング大会に参加出来なかった人らしい。そして、同じように仕事中だった人達が、ヘリオスさんと対戦しようと列をなしている。マッチョマンに大人気だね、ヘリオスさん。


 パラスさんの意識もそちらに移ったので、工房との業務提携だの拠点だのの話はうやむやになった。再び賭けが始まって、今回の景品は林檎酒(シードル)だというのでテントに戻ろうとしたところ。


 駆け込んで来たムキムキ筋肉マンに戸口を塞がれた。


「出たぞ! アイツだ!」


 食事処に集まっていた人達が、一斉に立ち上がる。そして雄叫び。


「ウオーッ、来やがったな!」


「今日はいつもより早いじゃねーか、強者の気配を察知したか?」


「毎日毎日やって来ちゃあ、これみよがしに溜息つきやがって!」


「だが、それも昨日までだ! おれ達を散々馬鹿にしたこと後悔させてやる! Cランク様がな!」


「おう、泣いて謝らせてやるぜ、剣士様がな!」


「「「「「ヘリオス先生、お願いします!」」」」」


 声を揃えてヘリオスさんを先生呼びするマッチョ達。ヘリオスさんが露骨に顔を顰めて耳を塞いでいる。うるさいよね、ここの人達。あと、オレには体育会系のノリが疲れる。今日はお仕事だから耐えるけど、ここに住むのは無いな。


 ヘリオスさんはムキムキマッチョ達に囲まれて、拳闘樹のもとへと連れて行かれている。筋肉の波に揉まれて流されてゆくヘリオスさんに向かって、オレは叫んだ。


「ヘリオスさん、先に行ってください! オレ、皆を呼びに行くんで!」


「なるべく早く来てくれ!」


 早く助けてくれ、とでも言いたげな顔で返されたけど、ヘリオスさん、無茶言わないで。オレ達に出来ることは、少し離れた場所から無事を祈るくらいだから。



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