ヘリオスさんという強者
目的地は村とも言えないような小さな集落だった。冒険者ギルドの依頼書によれば、ここは拳闘樹をボコボコにして泣かせ、流した涙を採取して樹脂コーティング剤にするための拠点らしい。そのためか、会う人がほぼムキムキマッチョマン。小さい子が珍しいのか、皆さん通りすがりにセイナやジェイドに筋肉アピールしてくる。暑苦しい。
集落は工房を中心に、簡易な宿泊所や食事処、雑貨屋といった生活するのに最低限必要な施設しかない。なのに「賭け屋」という見慣れない看板がある。こんな辺鄙な場所じゃ、娯楽が少ないからだろう。
依頼主はたいてい工房にいると聞き、まずは工房を訪れてみたが、ちょうど昼飯を食べに出たというので食事処へ。小さな食事処はマッチョでいっぱいだった。冬なのにムワッと暑い食事処の奥の席に、依頼主はムキムキの女性と並んで座っていた。
「冒険者ギルドから依頼を受けて来た、ヘリオスだ」
ヘリオスさんが冒険者ギルドカードを見せ、ギルドからの推薦状を手渡す。依頼主のパラスさんは、ひょろりと細長い腕を伸ばして受け取った。この人は工房の責任者で技術者なのだそうで、線が細い。落ち着く。マッチョが大勢寄ってきて囲まれだしたので、威圧感が半端ないのだ。
「Cランクの冒険者さんに来てもらえるとは、有り難いです」
「Cランクに上がったのはごく最近だ、あまり期待しないでくれ」
「いえいえ、推薦状までお持ちなのですから。早速ですが、依頼内容を──」
「待ちな、先に測らせてもらえねーか」
仕事の話に入ろうとしたパラスさんを遮って、隣に座っていたムキムキ女性が立ち上がる。女性はタンクトップ姿で、むき出しの右手を差し出して、ヘリオスさんに握手を求めた。
「アチシはビアーってんだ。この集落の専属冒険者さ、よろしくな」
「ああ、よろしく」
ビアーさんとガッチリ握手したヘリオスさんが、僅かに眉を上げた。そして、握手したまま時が流れる。あのー、なんかビアーさんの腕に血管が浮き出てきてるんですが?
ハラハラしながら見守っていると、突然ビアーさんが笑い出す。大笑いしながら手を離し、ヘリオスさんをバシバシ叩きだすビアーさん。
「いやスゲーなアンタ、つえーわ!」
「合格か?」
「もちろん! アンタなら、アチシには無理そーな奴も任せられる、パラス、良かったな!」
ビアーさん、今度はパラスさんをバッシバッシ叩き始めた。何故叩く。叩かれる度にパラスさんがフラフラしてるんだけど。
でも、パラスさんはスキンシップという名の暴力行為に慣れているようで、とても良い笑顔だ……えむの人かな?
「ビアーさんが太鼓判を押す冒険者なんて初めてですね、本当に良かったです」
あ、違った、叩かれて喜んでるんじゃなくて、ヘリオスさんという強者が来たのを喜んでるのか。
パラスさんの説明によると、普段はビアーさんのようなこの集落の専属冒険者が、拳闘樹と闘っているのだそうだ。だが、稀にやたらと強い個体が現れる。ちょうど今も、専属冒険者達では勝負にならないような個体が、毎日森から出てきているらしい。
「ここに詰めてる冒険者ん中じゃ、アチシが1番つえーんだけどさ。ソイツにはまるで歯が立たず、あっさり負けちまったんだよ」
「ここでストレス解消出来ないと、拳闘樹が街道の方に出て行ってしまいますので。新しく緊急依頼を出そうか悩んでいたところなんです」
ウンウンと、周囲のマッチョマン達までが揃って頷く。いつの間にか筋肉の壁に何重にも包囲されていた。オレと目が合った人が、サイドチェストしてくるよ。他にもポージングしている人が多数。ボディビル大会の会場かな?
「ヤツは毎日夕方になってから現れます。出現したら知らせがきますので、それまではこちらで──」
「アームレスリング勝ち抜き戦といこーじゃないか!」
ビアーさんの言葉に周囲から地鳴りのような歓声が上がった。セイナがビクッとしてジェイドに抱きついている。ちょっとこの雰囲気は、お子様には刺激が強いよね。
オレはヘリオスさんの二の腕をチョンチョン突いて気を引き、屈んでくれたヘリオスさんの耳元で声を張る。そうしないと周囲がうるさ過ぎて、ヘリオスさんでも聞き取れなさそうだったので。
「ヘリオスさん、オレ達は外に出て、テントで待ってます。セイちゃんのお昼寝もまだだし」
「ああ、そうだな。終わったら俺もテントに戻るから、おやつは残しといてくれ」
「了解です」
そんな内輪話をしている間にも、マッチョ集団はヘリオスさんに挑む順番を決めるジャンケン勝負で騒がしい。そして、その横ではヘリオスさんが何人勝ち抜くかで賭けが始まっていた。元締めの若い男性が黒板にオッズを、書いているんだと思ったけど単位が「瓶」になっている。
「ああ、ここではお金は賭けない決まりなんですよ」
横からパラスさんが教えてくれた。
「え、なら何を賭けてるんですか?」
「日によります。お酒だったりタバコだったりが多いですが」
要らないな。
「今日はメープルシロップですね」
「ヘリオスさんが最後まで勝ち抜くに賭けます!」
元締めの若い男性に叫んでしまった。だってメープルシロップだよ、甘味好きが増えたから、絶対に欲しい!
「ヘリオスさん、お願いしますね! 勝てばメープルシロップ、おやつのパンケーキが豪華になりますよ!」
「よっしゃ、任せとけ!」
オレは外にテントを設置すると、セイナとジェイドをアステールさんに任せて食事処に舞い戻った。1人くらいはヘリオスさんの応援しないとね。決してメープルシロップのためじゃない、仲間を応援するためだ。
「頑張れヘリオスさん! 良い血管出てるよ! キレてる! よしっ、やったー!」
途中の掛け声が可怪しくなったのは仕方無い、だって皆さん隙あらばポーズを決めてくるから。
もうアームレスリング大会かボディビル大会かよく分からなくなったが、優勝したのは当然! ヘリオスさんだった。メープルシロップの瓶が沢山もらえたよ、やったね!




