シュールだな
空を厚く覆っていた雲が薄くなり、雲間から太陽の光が差し込む。空から地上へと掛かる天使の梯子に照らされて、シャボン玉が煌めく。風に乗って流れるキラキラしたシャボン玉が、とてもメルヘンチックだ。流れ着く先にアンデッドが居なければ……。
液体石鹸によるアンデッド討伐作戦。思った通り、オレの錬成した液体石鹸には浄化魔法と同等の効果があり、順調に、かつ安全にアンデッドの討伐が進んでいた。だけど、こんな天国と地獄は紙一重みたいな光景になるとは思っていなかった。液体石鹸じゃなくて粉石鹸にすべきだったか……。
水を樽ごと液体石鹸に錬成し、アステールさんが風魔法で作った竜巻で空中に巻き上げたまでは、想定通りだった。でも、ぐるぐると竜巻で撹拌された液体石鹸が、モコモコ泡だらけになるとは思わなかったんだよ。そして、泡の一部が千切れて飛んでゆくのを見たセイナが、
「お兄ちゃん、セイもシャボン玉で遊びたい!」
と言い出すなんてのも、想定外だったんだよ。
だけど、セイナが「やりたい!」って言うなら、叶えてやるのが兄であるオレの義務であり権利である。子どもの頃の体験って大事だもんね。オレは即座に追加の液体石鹸を錬成し、セイナに泡立て器を持たせてやった。ストローの代用品である。
セイナが樽に泡立て器をジャボンと漬けて、フワンと空中で振るたびにシャボン玉が生まれる。シャボン玉はアステールさんの風魔法で街道まで運ばれて、アンデッド達に当たって壊れる。パチンとシャボン玉が壊れる度にアンデッドが浄化されるんだけど、浄化範囲がシャボン玉が当たった部分だけなんだよ。だからアンデッドが虫食い状態というか、「右肩と左腰と左膝がないスケルトン」みたいになってるんだよね。そして、浄化されて欠けた部分が多くなると体が維持出来なくなるのか、崩れて消滅してゆく。間近で見たくない光景である。
「シュールだな」
街道を見下ろしながら呟いたヘリオスさんに、アステールさんが深く頷き同意する。うん、オレも想像してたのとは違ったんで、こっち見ないで。そっと目を逸らして、シャボン玉に猫パンチしているジェイドで目の保養。月猫獣人の本能が騒ぐのか、さっきからジェイドがシャボン玉と戯れているのだ。シャボン玉にじゃれつく可愛いニャンコ、圧倒的癒やしだね。
「それにしても、ここまで効果があるとは想像していませんでした。街道まで浄化されていますね」
気を取り直して風魔法を操るアステールさんは、感心しているというより呆れている。最近よく見るなー、アステールさんのこの表情。
「そうだな。これなら被害も出ないだろうが……これ、なんて報告すりゃ良いんだ?」
ヘリオスさんは悩みながら、指先で小さなシャボン玉をツンツン突く。ヘリオスさんも焔猫獣人、シャボン玉で遊びたくてウズウズしているのが尻尾の動きで丸分かりだ。でも、大人だからと理性で本能を抑えつけている模様。遊べばいいのに。
オレはセイナを手伝って、フライ返しを液体石鹸に漬けて石鹸の膜を張り、ヒュンと素振り。4つしかシャボン玉が出来なかった。うーん、もっと一度に大量にシャボン玉が出来るようにしたい。
「……ユウ? また何をするんだ?」
ヘリオスさんの声が警戒の色を帯びた。
「大丈夫です、ちょっと工作するだけなんで」
「ユウ君の大丈夫は大丈夫じゃありません」
「いや、今回は本当に大丈夫ですから」
どうも、オレへの信頼度が下がってきている気がするけど、仲間は信頼し合ってこそだと思いますよ?
ヘリオスさんにフライ返しを渡し、オレは物干し竿と毛糸を取り出した。2本の物干し竿を毛糸で繋ぎ、繋いだ毛糸から輪っかにした毛糸を垂らす。ガーランドワンドという、大量にシャボン玉を作るための道具だ。
「ヘリオスさん、こっちの物干し竿持ってください。ジェイドはこっち持つの、手伝ってくれる?」
樽に毛糸の部分を漬けて液体石鹸を染み込ませ、2本の物干し竿を離して立たせる。広がった毛糸の輪っかに、シャボンの膜が張っているのを確認し、アステールさんに風を起こしてもらう。
「わぁーっ、すごい、シャボン玉いっぱいですね!」
「うおっ、大量だな!」
「この調子で一気に浄化してしまいましょう!」
「お兄ちゃん、セイも、セイも持ちたい!」
「じゃあセイちゃんはヘリオスさんと一緒に持ってね。重いから気をつけて」
こうしてパーティ全員で協力し、数多のシャボン玉爆弾をアンデッド達に投下して、日没前にアンデッド討伐作戦は終了した。眼下に敵影なし、オレ達は無傷、完全勝利である。
崖から下りて街道に戻り、間近で確認すると、ドス黒く変色した地面のそこここに、水滴を落としたような白い部分があった。シャボン玉で浄化された白抜き部分が点在するせいで、新たなアンデッドは湧かなくなったようだ。でも、黒く変色したままの部分からは黒いモヤのような物が漂い出ている。
「どうします、これ?」
「うーむ……セイちゃんの浄化魔法で消すと、ギルドに報告出来なくなるな」
セイナの『きれいきれーい』、内緒だからね。アレに遭遇したのに、その痕跡が無いとなると、どう誤魔化せばいいかって問題が出てくる。
「もういっそ、ギルドに報告しなくても良いのでは? 今現在、既にギルドに報告出来ない事ばかりではないですか。ユウ君のテントとか、ユウ君が拾った仔犬とか、ユウ君の石鹸とか」
「あー、そうだよなぁ……」
「でも、昼間のアレを放っとくと、ゆく先々で被害が出るんじゃ」
「それは無いです。アレが地上に出るのは、僅かな時間だけだと言われています。現に、黒く変色した地面は途中で途切れていたでしょう?」
そう言われてみれば、アンデッドが湧き出ていたのも、崖上から目が届く範囲だけだった。良かった、アレがサフィリアまで練り歩いたりしたら、この国が危機的状況に陥るよ。
「ギルドにアレとの遭遇報告をするのは、その後に湧くアンデッドに対処するためです。ですが、もうその必要はありません。ですから報告も必要ないでしょう」
「だな。よし、何も無かったことにするか! そのためには、きっちり痕跡を消さないとな!」
そうと決まれば、浄化のスペシャリストであるセイナの出番だ。オレはセイナの肩をポンと叩いて促した。
「じゃ、そういう事だから。セイちゃん、『きれいきれーい』、やっちゃって!」
「うん! えーと、黒いのぜんぶ、『きれいきれーい』!」
パアアアア!!
さすが本家本元浄化魔法の大家、聖女様である。広範囲の浄化もお手の物、あっという間にドス黒い地面が元に戻ってゆく。凄い、オレの石鹸との格の違いを見せつけられるね。
ともあれ、無事に証拠隠滅は完了した。オレ達は何事も無かったことにして、旅路に戻ったのだった。




