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鐘の音が響いて

 ロキの背に跨がって、久し振りの遠出である。ずっと厩舎に預けられていた馬達も、ご機嫌でポクポク歩を進めてくれる。お城の厩舎、広くて居心地が良さそうだったけど、お出掛けするとなるとまた楽しさが違うのだろう。毎日ブラッシングに通ってたけど、ロキは預けっぱなしにされて不満そうだったしね。


 オレも、馬上から街道周辺の景色を楽しみながら、開放感に浸っていた。空気が美味しい。お城の中庭も馴れてはきたけど、常に兵士が視界の端に居るし、国王様とか王妃様とか、高貴な方々が気軽に遊びに来るし……ある程度、きちんとしてなきゃいけないから。自宅なのにTシャツ短パンで過ごせないのは、地味にストレスになっていたようだ。前世の記憶があるハルトムート王子相手なら、ダラッとした格好でも気にならないんだけど。


 その王子には、オレ達が遠出すると聞いて「ズルい、わたしも連れて行け!」と騒がれた。却下すると涙目で、なら家を置いていけと命じられた。どうも、城暮らしが窮屈になったオレ達が、そのまま逃亡するのではと思ったようなのだ。逃げないよ、少なくともお城にアクセサリーショップが出店されるまでは。ここで逃げたら王妃様を始め、お城の女性陣に何されるか分かんないじゃん。

 だけど王子の疑念は晴れず、結局ハウスボートは人質として中庭に残されている。そのため食事休憩や寝泊まりはテントで行うことになった。


「そろそろ昼時だ。もう少し行くと街道が分かれる、そこで休憩にしないか?」


 後ろからヘリオスさんが言うので、了解のハンドサインを送る。ヘリオスさんの腹時計、下手な時計よりも正確だからね。この世界の時計って、かなりの高級品のくせに壊れやすいのだ。

 そのため庶民にとっては、教会が定時に鳴らす鐘の音が時計代わりになっている。この辺りには教会が無いので、曇り空の今日はヘリオスさんの腹時計だけが頼りだ。そのはずなんだけど。


 カラーン、カラーン、カラーン……


 何処からか、鐘の音が響いてきた。この鳴らし方は聞いた覚えがない。地図には載ってなかったけど、新しく教会が建ったのかな。

 オレが呑気に構えている横に、トールに乗ったヘリオスさんが並んだ。


「ユウ、今すぐテントを出してくれ」


 その声に、僅かな緊張を感じたオレは、急いでロキから下りてテントを設置した。ヘリオスさんはオレを追い越して、ジェイドとセイナにも声を掛ける。アステールさんも引き返してきたので、馬達をタープの下に繋ぎ、皆でテントに入った。


「あの、ヘリオスさん」


「しっ、静かに。ジェイドはセイちゃんと奥に下がってろ」


 オレは口を噤んで、その場に留まった。ヘリオスさんとアステールさんは、出入り口の布を下ろして隙間から外の様子を窺っている。小声で何か囁き合っている2人の会話の内容は聞き取れないが、その緊迫した空気から、ただ事じゃない事態なのは分かった。

 しばらくじっとしていると、出入り口の隙間から霧が流れ込んできた。冷たい。テントの気温も常時摂氏20度にしてあるはずなのに、霧の冷たさが変わらない。オレはそっと慎重に後退って、ジェイドとセイナの傍まで下がった。抱き合って震えている子ども達を毛布で包み、その上から更に抱き抱える。その間にも、冷たい霧はテント内に少しずつ流れ込んで、体を冷やしてゆく。


 アステールさんとヘリオスさんも、テントの奥に下がってきた。


「ユウ君、テント内の温度を上げられますか」


 アステールさんの囁く声が、寒さで震えている。オレはジェイドの後ろに回り、テントの内側に手を付いて、『ごっこ遊び』を発動した。この家は南国リゾートに建つコテージだ、暖かいというより暑い、とても暑い、日本の猛暑を思い出せ!


 やがて室温がジリジリと上がってきた。それでもまだ、自然と身を寄せ合う程には寒い。オレ達はひと塊になって震えながら、無言で互いに抱き締め合っていた。空気が薄い気がする。馬達は大丈夫かなと、ふと気になって出入り口に目をやり、オレは見てしまった。


「!」


 叫びそうになったオレの口を、ヘリオスさんが瞬時に手で塞いでくれたので、オレの口からは小さなくぐもった音が出ただけで済んだ。それ以後は息をするのも憚られる。恐怖で声も出ないとは、こういう事か。寒さは和らいだのに、カタカタと体の震えが止まらない。

 出入り口に背を向けるアステールさんが、口の動きだけで教えてくれる。


「ユウ君、目を合わせてはいけません」


 辛うじて視線を下げて、セイナを視界に入れる。セイナは両目をギュッと閉じ、ジェイドにしがみついていた。ああ、SUN値が回復する。青褪めた顔でひたすらセイナを凝視しているジェイドの姿も、オレの正気度を上げてくれる。

 オレは可愛い妹と可愛い妹婿を交互に見て、さっき見てしまった悍ましいモノを記憶から消し去ろうとした。あんな、あんなモノが存在するなんて、異世界コノヤロー! もっとメルヘンな世界が良かったよ異世界召喚なんかしやがった聖王国のバカヤロー! 魔物回避能力仕事しろよコンチクショー! 早く、早く居なくなってくださいお願いします、ああまた思い出してしまった忘れなければ、セイちゃんお顔見せて!


 どのくらい時間が経過したか。オレの正気度の乱高下が次第に落ち着いてきた頃、ずっと張り詰めていたヘリオスさんが、体から力を抜いた。と同時にアステールさんがくずおれる。オレも緊張の糸が切れ、膝を付いた。ジェイドがセイナを抱き締めたまま倒れそうになり、ヘリオスさんに抱き止められる。


「皆、無事だな?」


 言葉少なに確かめるヘリオスさんに、それぞれが弱々しく頷く中、セイナがいつもと変わらない元気な声で言った。


「もうお喋りしてもいいの? お目々も開けていい?」


「ああ、よく頑張ったな、偉いぞ」


 ヘリオスさんに大きな手で頭を撫でられ、パチッと目を開けたセイナ。眩しかったのか、パチパチと瞬きを繰り返すセイナに、ホッとして全身の力が抜けるオレ。床にダラリと寝転がり、バンザイしながら叫んだ。


「た、助かったー!」


 

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