樹液が欲しいんです
ヘリオース名義の冒険者ギルドカードは、渋々Cランクにランクアップされた。ヘリオスさんと副ギルマス、双方の妥協の産物だ。目立たないようランクを据え置きたいヘリオスさんと、ギルドの威信のために高ランク冒険者を輩出したい副ギルマスの意見が真っ向から対立。一気にBランクに上げようと言う副ギルマスを、必殺『王妃様の御威光』で怯ませ、でもヘリオスさんの実力ならDランクでも低過ぎると、Cランクに落ち着いた。痛み分けである。
その代わり、オレがやりたかった依頼はすんなりと受理されて、ギルドの推薦状まで発行してもらえた。副ギルマスに勧められていた依頼まで、同じ方角だからと押し付けられたけどね。そちらは常設依頼じゃないけど、2つの依頼を同時進行になるので、常設依頼扱いにしてくれるそうだ。本来は依頼を受注して失敗するとペナルティが発生するが、今回に限り失敗してもペナルティ無し、成功すれば通常通りの報酬をもらえるという好条件だ。
更に副ギルマスは、オレ達パーティにとって耳寄りな情報を教えてくれた。
「チビっ子達も、冒険者登録するんだよな?」
「いずれはな。見習い制度を使っても、まだ当分先になるが」
「それがな、来年から見習い制度の条件が変更されるんだ。後見人がCランク以上の場合、8歳から見習い冒険者登録が出来るようになる」
おおっ、それなら年明けからジェイドが見習い冒険者になれる! やったね!
皆でジェイドを囲んで喜んでいると、副ギルマスが追加情報をくれた。
「良かったな。なんでもサウスモアの王都の冒険者ギルドマスターが提案して、制度の改正を進めたらしいぞ。見習い制度がもっと活用されるようにってな」
リヒトさーん! ありがとうございます! またハーバリウム石鹸送りますね!
善は急げと東レヌス商会でリヒトさん宛の荷物を送る手配をし、ついでにお城でのアクセサリーショップ出店について相談する。委託販売にしようかと思っていたが、石鹸と同じように、東レヌス商会が買い取っての販売を勧められた。その方が面倒事が減るらしい。
花の部分だけでも買ってくれるというので、もうアクセサリーに仕立てるのも丸投げする事にした。だってさ、貴族に売るとなるとアクセサリーにも格が必要だとか言われても、分かんないよ。土台にするヘアピン等の素材を高価な物にしたり、宝石を一緒にあしらったりで格上げ出来るそうだから、好きにしてください。でも平民向けのお手頃なのも作ってねとお願いしておいた。
「それで? ユウ君、あの依頼を受ける理由を教えてください」
お昼ごはんは屋台飯で済ませ、帰宅してのんびりお茶を飲もうとしたところでアステールさんに尋ねられる。忘れてた。
「ああ、樹液が欲しいんです。拳闘樹の涙がコーティング剤になるそうなんで、買うよりタダで手に入れたいなと」
以前王妃様が仰ってた「コーティング剤にする樹脂に詳しい者」、領主様ことレイク子爵のお仲間の植物学者さんだった。お米の研究で農園に寝泊まりしてるのを呼んでもらって、樹脂コーティング剤について教えてもらったのだ。その1つに拳闘樹の涙があったので、折り花のコーティングに使いたい。
「なるほど。ヘリオスが拳闘樹を殴って泣かせれば良いのですね」
「おい、その言い方だと俺が悪者」
「ヘリオスのお兄さん、弱い者いじめはメッだよ!」
「苛めてねーし、拳闘樹は弱くないぞ」
拳闘樹、ストレスが溜まると森から出てきて、誰彼構わず対戦を持ち掛ける性質があるそうだ。迷惑な魔物である。ただ、拳闘樹がファイティングポーズで対戦に誘っても、応じなければ襲われたりはしないらしい。こちらもファイティングポーズをとると対戦に応じたと見做されて、殴り合いが始まる。あくまでも殴り合い、武器や魔法で応戦しようとすると拳闘樹が怒りだす。正々堂々拳で決着をつけようとする拳闘樹なのである。迷惑でしかない。
「でも、ヘリオス先生ならDランク程度の魔物、素手でもコテンパンにのせますよね?」
ジェイドの、師を尊敬する曇りなき眼に見つめられ、照れながらも、ヘリオスさんが自信満々に答える。
「おう、楽勝だぜ」
肘を曲げて力こぶを作るヘリオスさんの腕に、面白がったセイナがぶら下がった。ブランブラン振り回されて、キャッキャと喜ぶセイナ。それを、なんだか羨ましそうな目で見ているジェイド。
「ジェイドもぶら下がってきたら?」
「……いえ、その、ボクもセイちゃんを片手で運べるくらい、力が強くなりたいなと」
「ああ、そっちか」
「ですがジェイド、貴方は力よりスピードタイプだと思うのですが。ヘリオスは子どもの頃から人一倍体が大きく、力も強かったですからね。あれを目指すのは大変ですよ」
そうだよね、ジェイドはヘリオスさんについて修行を始めてから、素早さは数段アップしたけど、力はそこそこだ。まだ子どもだから筋肉がつきにくいってのもあるけど、戦闘スタイルも手数でダメージを蓄積させていくタイプ。一撃の破壊力重視のヘリオスさんとは違うと思う。それに、ジェイドがムキムキになるのはオレ、ちょっと……ジェイドには可愛いままでいて欲しい。
「それに、ヘリオスほど筋肉が発達すると、威圧感で怖がる女性もいます。セイちゃんの好みから外れる可能性も」
「セイちゃんの好みに合わせます!」
ジェイドはセイナファーストだよね。兄としてはありがたい反面、たまにはジェイド自身の希望も優先して欲しいなと思うので。
「セイちゃん、ジェイドもね、セイちゃんにぶら下がって欲しいって」
「うん! ジェイド、ちからこぶ作って!」
力を入れて腕を曲げたジェイドにセイナがぶら下がったけど、足が床についたまま。それでもセイナが楽しそうなので、ジェイドの尻尾が嬉しげに揺れている。そんな幸せな空気のなかで、可愛い2人を穏やかに見守るヘリオスさんを、チラッと盗み見るアステールさんを、背中から押すオレ。オレって気が利くなぁ!
「ヘリオスさーん、アステールさんも、ぶら下がりたいみたいですよ」
「そうか! ほら来い、アズ!」
「えっ、いえ、私は……」
口では遠慮しつつ、いそいそとヘリオスさんにぶら下がリに行くアステールさん。何だか可愛いぞ。そして、細いけどオレより上背のあるアステールさんがぶら下がっても、びくともしないヘリオスさんの頼もしさよ。
オレはこっそり腕を曲げ、力こぶを作ろうとしてみた。オレの上腕二頭筋はペッタリと平らなままで、全く盛り上がらなかった。うん、知ってた。たまには筋トレしようかな……。