チャレンジャー求む!
「お兄ちゃん、セイ、あきちゃった。お出かけしたいなー」
ヒルデリッヒ公子が平民のヒルデちゃんになってから、数日。最近めっきり寒くなったのもあり、家に閉じ籠もりがちだったせいか、セイナが不満を訴えた。
「セイちゃん、だったら午後から町にお買い物に行く?」
「んーん、セイね、旅行に行きたいの。お城あきた」
「俺もだ!」
ヘリオスさんが、わざわざ甲板から家に飛び込んできて主張する。相変わらずの地獄耳。手合わせを放り出されたジェイドが、苦笑いで続いた。
「ボクも、出来れば遠出がしたいです。ヘリオス先生、ボクとの手合わせだけじゃ、ストレス解消出来ないみたいで」
「ヘリオスさん、ストレス溜まってたんですか?」
「最近色々あったからな……」
遠い目をするヘリオスさん。確かに、この国に来てから立て続けに色々あったよね。毒殺犯扱いされたり、誘拐犯扱いされたり。岩長さんが来たのもヘリオスさんのストレスになっていたはずだ。
実を言うと、オレもしばらく城を離れたいなと思っていたところだ。折り花の髪飾りをいつ販売するのかとの、女性達からの圧力が日に日に高まってきているのだ。直接言われることは無いが、オレに聞こえるように「そういえば髪飾りの件は如何なったのかしら、どなたかご存知ない?」みたいな会話をされるのだ。正直ちょっと鬱陶しい。
そのためオレは、遠出したいという意見に異存は無い。アステールさんを振り返ると、既にマントを羽織って身支度を始めている。鶏仮面をすっぽり被って外出の支度を整えて、アステールさんが結論づけた。
「雪が積もる前に、適当な依頼を受けましょう」
そんな経緯から、揃って冒険者ギルドへと足を運んだオレ達パーティ。メンバー全員で冒険者ギルドに来るのは珍しい。大抵はオレとヘリオスさんの2人で来て、残る3人は留守番なのだ。冒険者ギルドって、たまに面倒な輩が居て絡まれるからね。
お昼前の比較的人が少ない時間帯なので、ギルドの職員さん達も表情に余裕がある。顔見知りの副ギルドマスターがオレ達を見つけて寄って来ると、ヘリオスさんの肩をバンバン叩いた。
「おう、今日は家族総出か? 飯でも食いに来たか」
「いや、依頼を受けに。あまり危険じゃなく、適度に暴れられて、2、3日で帰って来られるような依頼、無いか?」
ヘリオスさん、無茶言わないで。案の定、副ギルマスは呆れ顔だ。
「家族旅行かよ。そんな依頼、有るわけ……いや?」
副ギルマスは掲示板の前に移動して、ザッと見渡し、隅の方に追いやられていた依頼書を剥がす。紙が日焼けしているので、長時間放置されていた依頼のようだ。ヘリオスさんが渋い顔をする。
「おい、塩漬け案件は勘弁してくれ」
「いや、これは実入りが少ないだけで、あんたの言う条件を満たしてるんだ。まあ見てくれ」
ヘリオスさんとアステールさんが依頼を受けるか検討し始めた横、オレは何の気なしに掲示板に目をやった。そして、副ギルマスが剥がした依頼書の下に隠れていた、別の依頼書に気づく。あれって……やっぱりだ!
オレは隠れていた依頼書を剥がして、仲間達の前に突きつけた。
「ヘリオスさん、アステールさん、これ! これ受けましょう!」
「うん? 何なに……『チャレンジャー求む! 拳闘樹との対戦相手募集』?」
「あー、それか。常設依頼なんだが、興味があるのか?」
副ギルマスに尋ねられ、オレは力強く頷いた。だが、副ギルマスはオレを上から下まで眺めると、首を横に振る。
「残念だが、あんたじゃ力不足だ。ひ弱過ぎる」
「分かってます。対戦するのはオレじゃなくて」
オレと副ギルマスの視線は、同時にヘリオスさんへ。ウチのパーティの物理攻撃担当、剣士だけど、背中の筋肉の盛り上がり具合からして拳闘士でもいけるんじゃないかなと。
「俺がこの、拳闘樹ってのと勝負すれば良いのか?」
ヘリオスさんが、依頼書に描かれた樹木のイラストをペシペシ指で弾く。鋭い双眸と口のような亀裂が幹にあり、6本の枝の先がボクシンググローブを嵌めたように丸くなっている木。対戦相手の拳闘樹だ。うん、こいつに間違いない。
「やっても良いが、この依頼、Dランク以上推奨になってるぞ? 俺は今Eランクだ」
あっ、そうか。ヘリオスさん、今は「ヘリオース Eランク」の冒険者ギルドカードを使ってるんだった。本来のヘリオスさんはCランク、実力はBランク以上だと思ってるけど、受注出来ないのかな。
オレが残念がっていると、副ギルマスが今度はヘリオスさんを上から下まで眺めた。そして、ちょいちょいとヘリオスさんを手招いて、ギルドの奥へと誘う。連れて行かれたのは裏手にある訓練場だった。
「コイツを1発殴ってみろ」
副ギルマスが指差したのは、訓練の的に使われている全身鎧だ。出逢った頃にヘリオスさんが着ていた鎧に似ている。
「全力で?」
ポキポキと指を鳴らし、肩をぐるぐる回しながら確認するヘリオスさん。副ギルマスが、当然、と返すと、ヘリオスさんがニヤリと笑う。
「じゃ、壊れても弁償しなくて良いんだな?」
「そう簡単には壊れんさ、この鎧は魔鉄製だ」
「壊れるに小金貨1枚」
「よし乗った! と言いたいところだが、ギルド内で賭け事は禁止だ。そうだな……もし鎧が壊れたら、ランクを1つ上げてやる」
副ギルマスの提案に、微妙な顔になるヘリオスさん。ランクアップは特に望んでないもんね。そんなヘリオスさんのやる気を引き出すために、オレは毎度お馴染み甘い物をぶら下げる。
「ヘリオスさん頑張れ! 鎧を壊せたら、新作チョコスイーツをおやつに出しますよ!」
「ヘリオスのお兄さん、『ガン……』モグモグモグモグ」
セイナの『ガンバレー』を生チョコで防ぎつつ、皆で応援。俄然やる気を出したヘリオスさんは、拳の一撃で魔鉄製鎧を吹っ飛ばした。胸当ての部分がべコリと凹んだ鎧を見て、副ギルマスが呆然とする。
どうです、ウチの主力は強いでしょ! 鼻高々!