大公と公子
ヒルデリッヒ公子のお父さんである、サフィリアの大公様。オレ達の家の上に浮かんでいた時は気を失っていたけれど、医務室で意識を取り戻したらしい。怪我のほうも打撲が主で骨折はしておらず、切り傷も無し。ひとまず命に別状はないとのことだった。一安心である。
ただ、捕虜として極度の緊張状態に晒されていたのと、栄養状態が悪いのとで衰弱しており、大公様にはしばらく安静が必要だそうだ。そのため公子が看病するといって枕元から離れないと、ハルトムート王子から聞いた。
ずっとお父さんを心配していた公子を、励まし支えていた王子。最近常に2人で一緒に行動していたから、独りになって寂しいようだ。気を紛らわせるためか、ウチに入り浸っている時間が多くなった王子に、オレは手仕事を手伝わせている。
「ヒルデの御父上がご無事で良かったと、思ってはいるのだ」
色紙でダリアの花を折りながら、王子がこぼす。
「だが、食事だけでなく睡眠までも医務室で取るのは如何かと思うのだ。御父上と過ごしたいのは解るが、せめて寝る時くらいは客室に戻れば良いのに。医務室の椅子で眠っていては、ヒルデまで倒れてしまうではないか」
「さすがに夜寝る時には医務室のベッドを借りてるんじゃないか?」
「昨夜覗いたら、椅子に座ったまま寝ていたのだ」
「起こして、ちゃんとベッドで寝ろって言った?」
「疲れて眠っているのに起こせるか。護衛に命じてベッドに運ばせた」
ふーん、公子と話してはいないのか。色紙を折る王子の手が止まっている。さっきから、ちょくちょく王子が動かなくなるんだよね。心ここにあらずというか、意識が公子のもとに飛んで行っている模様。
「そんなに気になるなら、堂々とお見舞いにでも行けばいいのに」
「わたしが行っては気を遣わせてしまう。せっかく親子水入らずで過ごしているのだ、邪魔をしたくない」
「というのは建前で、婚約者候補のこと話すのが怖いんだろ」
「ち、違うのだ! 大公はまだ、体を休めなければならない状態なのに、そんな、御息女を婚約者になどと、言える訳がなかろうが! それよりも先に、ご領地のことなど考えねばならぬ事が山積みであろうし」
そうなんだよね。大公様、サフィリア国王の異母弟らしいんだけど、現在の立場はとても不安定だ。そして、それは大公様の娘であるヒルデリッヒ公子も同じ。革命軍が今後、王族をどう扱うかによって、運命が左右される。
オレは政治的なことはまるで門外漢だが、歴史の授業で習った革命後の王族って幽閉とか処刑とか……そんな怖い事にならなきゃいいけど。平民でただの冒険者のオレに出来る事など皆無だ。
せめて、このまま亡命する事になれば良いよねと、王子と話していたのだが。
「大公と公子は死ぬことになった」
お久しぶりの国王様、我が家の前で駄々をこね、強引に『関係者』として招待させると、家に入るなり爆弾を落とした。
「そのために、其方達に頼みたい事がある」
「断る」
「そう言わずに引き受けてくれぬか、ヘリオス殿。其方達にしか頼めぬのだ」
「なんと言われようと、危険な事に首を突っ込む気は無い」
「危険ではない! 大公と公子を一時匿って欲しいだけなのだ! その間に、2人が別人として生きていくための手筈を整える」
「えっ、大公様とヒルデリッヒ公子、死んだふりするだけ?」
国王様、オレが反応してしまったので、こちらを標的に変えてきた。
「そうだ。本当に死ぬのではなく、大公と公子が居なくなるだけだ。幸い大公は公式には行方不明、魔物に攫われたか魔術で消されたかと、情報が錯綜している。公子も性別を偽って届け出ていたし、革命で混乱する今なら別人になるのも容易い。だから諸々の準備が整うまで、2人を預かって欲しいのだ」
「準備が整うまでって、具体的に何日くらいですか」
「新しい身分証明書と住まいを準備するのに、10日もあれば。マルコにも協力を頼んだから、子爵領で新しい生活を始めてもらう予定だ」
10日か。そのくらいなら、テントに閉じ篭っていてもらえば何とかなるのでは?
「ユウ、安請け合いは止めとけ」
「そうですよ、ユウ君。王族なんて関わっても碌なことになりません」
ヘリオスさんとアステールさんが反対するが、王族になら、既にガッツリ関わってしまっている。今更だ。
それに、別人として生きていくのなら、オレに手伝えそうな事があるんだよ。まだ試したこと無いけど、成功するかは五分五分かな。勝算はある、と思う。
「国王様、お返事は今直ぐ必要ですか?」
「いや、今ここで返答をとは言わぬが、早いほうが良い」
「でしたら1日、いえ、半日だけ、時間をもらえませんか? 検討しますので」
「おお、頼むぞ。皆を説得してくれ」
国王様には一旦お帰り頂いて、オレは仲間達と緊急会議。今回はオレだけが賛成で、ヘリオスさん、アステールさん、たぶんジェイドも反対に回るだろうけれど。
ハルトムート王子とヒルデリッヒ公子の明るい未来のために、一肌脱ごうではないか。