バラの花の髪飾り
アステールさんに禁止されたので、気軽に石鹸を贈答品として使えなくなってしまった。幸いというか、王妃様への石鹸詰め合わせは、まだオレのアイテムボックスに入っていた。でも王妃様はリヒトさんの親戚で、石鹸も貰っていたようだから良いんじゃないかなーと思ったんだけど。
「王妃様はリヒト様と懇意で、リヒト様から石鹸をもらったとは仰っていましたが。その石鹸がユウ君の作った物だったとは仰いませんでしたよね? まだ美容に良い石鹸の製作者がユウ君だとは、ご存知ないかもしれませんよね?」
怖ーい笑顔のアステールさんに頬をビヨンビヨンされたので、プレゼントは解体することにした。残念。
石鹸は、まあ、自分達で使えば良いやとアイテムボックスに放り込んだが、飾りに入れてあったバラの花の折り紙は如何しよう。せっかく作ったから何かに使いたいなと考えて、思い出した物があった。
「ジェイドー、前にもらったバレッタ、使ってるー?」
以前、ロックドラゴンの着地失敗で浸水した町で、炊き出しのお礼だとジェイドがもらったバレッタだ。あれから全く見ていない。
案の定、ジェイドはバレッタをアイテムボックスに入れっぱなしにして、すっかり忘れていた。
「ジェイド、これ、使わないならオレが貰っても良いかな」
「もちろんです、元々これは師匠の物だと思います。渡すの遅くなって、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるジェイド、尻尾もクッタリ垂れ下がってるけど、ジェイドは何も悪くない。だけど、シュンとしているジェイドは可愛い。いや、ジェイドは何時だって可愛いか。
「謝らないで、これはジェイドがもらったジェイドの物だし、オレも忘れていたから。じゃ、これ使わせてもらうよ」
オレはバレッタに、1番小さなバラの花を括りつけた。そして、セイナの髪にそっと飾る。セイナ、髪がだいぶ伸びてきたな。前髪だけはオレが切ってるけど、ショートヘアだった髪が肩まで伸びている。
「セイ、かわいい?」
「「可愛い!」」
ジェイドと声を揃えてベタ褒めすると、セイナはパアアッと顔を輝かせて、ヘリオスさんとアステールさんにも「かわいい?」と聞いて回った。当然可愛い素敵だ似合ってると褒められて、ご機嫌になったセイナは更に褒めてもらおうと、お外へと繰り出した。オレとジェイドとヘリオスさんまで従えて、会う人全員に「見て! かわいい?」と尋ねて回るセイナ。お騒がせしております。
お城の人達は、ニコニコと髪飾りを自慢して回るセイナを微笑ましげに見守って、褒めてくれた。特にメイドさんや女官さん達女性陣は、セイナを可愛い可愛いと持ち上げながらも目がギラリ。褒めながら、髪飾りをしげしげと、興味深げに、目を輝かせて見詰め、誰にもらったのかと入手先を尋ねてきた。
「お兄ちゃんがね、作ってくれたの!」
皆に褒めてもらって上機嫌なセイナ、聞かれるたびに正直に答える。女性陣からの圧がどんどん強くなり、身の危険を感じたオレが、セイナにそろそろ帰ろうと促していると。
「皆様、王妃様がお呼びでございます」
王妃様からのお呼び出しが来ちゃったよ……。
案内された部屋では、王妃様が待ち構えていらした。執務室のようで、奥の机には書類らしき紙束が山と積まれ、それらと格闘している秘書官らしき人達が、こちらに恨みがましい目を向けてくる。え、オレ達何かしました?
「よく来ましたね。あら、セイちゃん、とても素敵な髪飾りね。可愛らしいわ。見せてもらっても宜しくて?」
「うん、いいよ!」
セイちゃん、言葉遣い! だけどセイナにとっての王妃様は、お友達の優しいお母さんポジションなのだ。身分とか分かっていないので、周囲の視線もへっちゃら。オレは冷や汗ダラダラ。
王妃様は、セイナの髪からバラの花の髪飾りをそっと外し、角度を変えながらじっくりと観察する。そして、ひとつ頷くと、控えていた侍女さんに手渡した。
侍女さんが髪飾りを検分する間、オレ達はソファとお茶を勧められる。立派な革張りのソファに、おっかなびっくり座るオレとジェイド。セイナとヘリオスさんは平気そう。
そこに、ノックの音と共に男性が入って来た。
「失礼いたします。王妃様にお願いが──あ」
「貴方も客人との取引を希望しているのかしら。婚約者への贈り物?」
呆れ顔の王妃様に、男性は情けない声で答える。
「はい。ひと目見て気に入ったと、強請られまして」
「そう。見ての通り、今交渉中です。結果が公示されるまで待ちなさい。他の者にも周知するように」
男性が肩を落として執務室から下がるのを、オレは申し訳ない気持ちで見送った。王妃様はホウッと嘆息し、苦笑いだ。
「ご覧の通りです。先程から、この髪飾りが欲しいからユウとの取引を許可してもらいたいとの訴えが、次々に舞い込んでいて。執務が滞るほどなの」
オレ達は王妃様の賓客って立場だから、オレに直接取引を持ち掛けられなくて、王妃様に仲介を願ったんだな。間接的に仕事の邪魔をしていたようだ。秘書官の恨みがましい視線の理由が判明し、オレは肩身が狭い。
「申し訳ありません。こんな騒ぎになるとは思わなくて」
「良いのですよ。わたくしもこの髪飾りを気に入ったわ。とても美しくて繊細ね」
優雅に微笑む王妃様のために、オレは仕舞っていた2つのバラの花の折り紙を取り出した。高貴な人には直接手渡しは駄目だったなと、テーブルの上に置く。
「あら、これはセイちゃんの髪飾りとは形が異なるのね。こちらの花も貴方が?」
「はい。オレが作った物です。宜しければ、王妃様に差し上げます。ただ、紙を折っただけの物なので、破れたり形が崩れたりしますが」
「では樹脂で固めてしまいましょう」
えっ、樹脂コーティング剤、あるの?
コーティング出来るなら、紙や布を材料にした小物の幅が広がる。売り物が増やせる!
そんなオレの喜びが顔に出ていたのだろう。王妃様がニコリと上品に微笑んで、オレに提案した。
「ユウ。樹脂については詳しい者から教えます。ですので、城で店を開きませんか?」