こんなモテ期なら来ないで
「ユーウーくーん、遊びましょー!」
「ただいまユウは留守にしております。ご用のある方は用件を簡潔にまとめた書類を提出し、速やかにお帰りくださいやがれ」
「ユウ君居るよね? 美味しそうな匂いがしてるもん、絶対に居るでしょ! 隠したら為にならないよ?」
「脅しか? 俺がそんなものに屈してユウを売り渡すとでも思ってんのか」
「いや屈して良いですから、ヘリオスさん! ロックドラゴンには太刀打ち出来ないでしょ!」
ジェイドに呼ばれて甲板に出ると、ハウスボートの境界線を挟んでヘリオスさんと岩長さんが睨み合っていた。岩長さんが城に滞在するようになって3日が経過している。日々寒さは増し、今朝は霜がおりていた。境界線の外に立つ岩長さん、少々寒そうに自分の二の腕辺りを擦っている。
対するヘリオスさんは半袖シャツ姿だ。通年摂氏20度に保たれた甲板で、ジェイドと手合わせをしていたヘリオスさんの体からは汗が流れ落ち、シャツがぴっちりと肌に張り付いている。相変わらず凄い筋肉。あれだけ食べて、甘味もアホほど取っているのに太らないのは、この筋肉のおかげなのかな。
「ユウ君! やっぱり居た!」
「はいはい居ますよ、今日もおやつを強奪しに来たんですか、岩長さん?」
岩長さん、毎日おやつを貰いに来るんだよね。いちいちウチに来なくても、お城のメイドさんに言えばプロのパティシエが作ったお菓子が用意してもらえるのに。
「人聞きが悪いなー。ちょっとお裾分けしてもらいに来ただけだってば。で、今日のおやつは何かなー?」
「米粉で作ったかりんとう擬きです。どうぞ」
紙袋をヘリオスさん経由で差し出すと、ありがとーと軽く受け取られた。
「ところで、ヒルデリッヒ公子のお父さんの捜索は、如何なってるんですか?」
「そうそう、それを伝えに来たんだった。大公様、さっき見つけたんだけどね。革命軍に捕まって、宮殿に軟禁されてた」
「えっ、無事なんですか?」
「怪我とかは特にしてなかったけど。なんかねー、お金を払えば解放してもらえるけど、そのお金が無いんだって。だから、代わりに領地を寄越せって言われてるみたい」
「それは、どうやって得た情報だ?」
ヘリオスさんが訝しがるが、岩長さんはキョトンとし、小首を傾げて聞き返す。
「本人に聞く以外の方法があるの?」
「岩長さん、現地に行ってきたんですか?」
「違うよー。革命軍にトカゲの獣人がいて、その人の」
「ああもういいです分かりましたから」
詳しい話は知りたくないと、オレは会話をぶった切った。気の毒なトカゲ獣人さんを操って情報収集させたんだよね、重大な副作用とかが無いことをお祈り申し上げておこう。
「だとしたら、ヒルデリッヒ公子を帰国させるのは、まだ先になりそうですね。岩長さん、独立国に帰らなくて大丈夫ですか?」
早く帰れ、とでも言いたげなヘリオスさんの手に、かりんとうをバラッと押しつけて、岩長さんとの会話を続ける。後で王妃様からも話を聞けるだろうけど、気になるからね。岩長さんに機密保持なんて概念は無さそうだから、聞けるだけ聞いておこう。
「もう2、3日は平気かなぁ。でも、あんまり長居してると、ダーリンがユウ君を暗殺しに来るかも」
「……は?」
「アハハ、冗談だって! ダーリンの性格なら暗殺より正々堂々決闘だから! うちのダーリン、わたしがいつもユウ君のおにぎりを褒め称えてるから、ライバル意識燃やしてるみたいなの。今回もおにぎり職人さんに会いに行くって言ったら、めっちゃ心配してて」
えーと、それは、どういった種類の心配なのか……くっ、聞かなきゃ良かった……。
「ま、あまりダーリンに心配掛けたくないから、長引くようなら一度帰るから。じゃっ、早くお仕事終わらせるためにも、部屋に戻るね! 明日もおやつをヨロシク!」
建物に入る岩長さんを唖然と見送るオレに、ヘリオスさんが同情の目をくれた。
「ユウ、モテ期か? 気の毒に」
ホントにね! 先日のヒルデリッヒ公子の件といい、こんなモテ期なら来ないでくれ!
オレは頭痛を覚え、こめかみをグリグリと揉みながらこぼす。
「オレ、何処かに隠れ住みたいです。特殊能力持ちにも見つからないけど、町や水場に近くて気候が良くて魔物が少ない平穏な場所、知りませんか?」
「俺もアズのために探したんだがな。そんな都合の良い場所は無かった」
だよね。そんな桃源郷みたいな場所、ある訳ないか。
仕方ない、岩長さんの旦那さんが来たら、岩長さんが執着しているのはオレではなくておにぎりなのだと、切々と訴えよう。それから、お米の炊き方から始めて、美味しいおにぎりの作り方や具材の種類まで懇切丁寧に教えてあげよう。ついでに日本食のレシピも渡そう。旦那さんが美味しいご飯を作れるようになれば、オレは必要なくなって、おにぎり定期便も解約されるよね。
「そう簡単にはいかないだろ。ユウの飯は美味いからな」
「そうなると、いつまでたっても岩長さんとの関わりが切れませんよ」
「それは嫌だ。なぁユウ、家に認識阻害は付けられないのか?」
「前に試してみたけど、出来ませんでした」
魔力が足りないのか、レベルが足りないのか。ステルス住宅は実現しなかった。オレもまだまだ修行が足りない。シッターの修行って、毎日セイナのお世話をするだけじゃ駄目なのか? 孤児院でも開けと?
「とりあえず、面倒が起きる前に、早めにあの女を追い返すか」
「ヘリオスさん、一応こちらがお願いして来てもらってるんで、穏便に」
「ちっ、しょうがないな」
「イライラした時は甘い物です。おやつにしましょう。岩長さんに渡してない、米粉のスコーンもありますよ」
王子から買った梅の実で、ジャムを作ってみたからね。試食しなきゃ。
家に入ろうとすると、背後から声が掛かる。
「ユウ、おやつの時間だな!」
今日は剣術の修行を休んでいたハルトムート王子がやって来た。誰も彼も、オレをおやつ係だと思ってるな? 全く、もう!