植物魔法
「ハル、あの梅! 何処で見つけたんだ?」
我が家に帰って来て開口一番、オレは連れて来たハルトムート王子に詰め寄った。オレにおかえりなさいのハグをしようと駆けてきたセイナが、途中で立ち止まってプックリと頬を膨らませる。
「ああっ、ごめんなセイちゃん、ただいま。ほら、おいでー」
セイナを抱っこして機嫌を取りながら、王子に視線で問う。ほら吐け。オレも梅シロップとか梅肉あえとか好きだから、探してたんだよ。
でも、アンズやスモモはあっても梅は見つからなかった。ルバーブで練り梅擬きが作れるのは知ってたから、ドレッシングなんかにはそれを使ってたけど、梅シロップが飲みたくて。セイナも好きなんだよね、梅シロップのジュース。
王子は家の奥に入り、椅子を引っ張り出して座面に立つと、フフンと胸を張った。
「あの梅は、わたしが育てたのだ! ユウにもらったおにぎりの梅干しの種を植えてな!」
「え、梅干しの種って、芽が出るの?」
「そのままでは、確率は低かろうな。だが、わたしが新たに使えるようになった魔法で、不可能を可能にしたのだ!」
オオー! パチパチパチパチ。
拍手を送ってやると王子は鼻高々、ますます胸を反らして仰け反り、椅子から落ちかけた。危ないから、そろそろ下りような。
1回高い所で威張って気が済んだのか、王子は素直に椅子から下りてきた。そして、意気揚々と説明してくれる。オレはセイナを放流し、手近な椅子に腰掛けた。
「昨夜、ここから帰る時にヒルデに聞かれたのだ。ステータスオープンとは何かとな。ユウが呟いていたと聞いて、わたしも呟いてみたのだ」
昨夜、ああ、王子達を見送って『子ども好き』レベルを確認した時か。ヒルデリッヒ公子は月猫獣人の血を引いているから、耳が良いんだな。
「そうすると、わたしは植物魔法に適性があることがわかった」
「ん? ハル、今まで自分の適性、知らなかったのか? ステータス画面見たこと無かったの?」
「ユウ君、自分のステータスを見られるのは、ほぼ召喚聖者のみなのです。ただ、ごく稀に召喚聖者の子孫に能力が現れることもありますから、ハルトムート殿下は祖先に召喚聖者がいたのではないでしょうか」
ジェイドに文字を教えていたアステールさんが寄ってきて、解説してくれる。なるほど、王子は前世の記憶を思い出した転生聖者であり、召喚聖者の子孫でもあると。
王子がポンと手を叩く。
「そうか、だから『植物再生』を使った時に、梅干しの種が光ったのだな」
「光ったの? それ光魔法じゃん。植物魔法って、光魔法の一種?」
「はい。植物魔法は聖女が使える場合が多いですね。特に『植物再生』は『蘇生魔法』に類する魔法になります」
「へー。それで梅干しの種を植えて、梅の実を手に入れたのか。なあハル、オレ紫蘇が欲しいんだけど」
「ユウ君、蘇生魔法へのコメントは無しですか?」
え、だって王子が蘇生魔法を使えるでもなし、一言コメントをと言われても困る。それよりも、梅が手に入るならば次は紫蘇だよ。梅紫蘇はサッパリ系レシピの定番だからね。紫蘇巻きおにぎりの紫蘇を剥がして、植物再生魔法とやらを掛けたら、根付いて紫蘇の葉とか実とかが増えないかな。紫蘇の実の天ぷらが食べたくなってきた。
「ユウ君。もう少し、食べ物以外への興味を持ちましょう」
アステールさんに言われて、他の事にも興味を向けてみる。
「ええと、じゃあ……自分のステータスが知りたかったら、鑑定魔法で調べてもらうしかないんですか?」
「そうですね。ですが、鑑定魔法も使い手は滅多に居ませんから、ステータスを知る者も、ごく稀です」
「えっ、じゃあ自分が魔法を使えるかとか、どうやって調べるんですか」
「初級魔法を片っ端から練習してみるのです」
うへぇ、大変そう。実際大変らしく、王子も火土風水の四大元素魔法が扱えなかった時点で、自分には魔法の才能が無いと諦めていたという。
「だから、植物魔法が使えると分かって、とても嬉しいのだ!」
「良かったな。これで農業チート出来そうじゃん」
「うむ! わたしには無理かと思ったが、何とかなりそうなのだ! 魔法薬の使用も抑えられそうだから、お小遣いが減らぬのもよい!」
「ハル、お小遣い制なのか?」
王子様なのにお小遣い帳までつけているというので見せてもらうと、毎月残金がゼロになっている。支出の欄に「さいこーにカッコイイ剣」とか「ゆうしゃのマント」とか記入されているのが何とも……。
「少しは貯金しなよ」
「わかっておる! ……ユウ、梅の実を買わぬか?」
とても買って欲しそうな王子に笑ってしまい、でも先に、どの程度実がついているのか見せてもらうことにしたんだけど。
「これ、食べても平気なのか?」
「うっ……まだ食べてみていないのだ。昼前に種を植えて、実がなったのが取引直前で」
おにぎり好きの日本人相手なら梅で交渉出来るんじゃないかと思い付いてから、急ピッチで作業したけど、時間ギリギリだったらしい。岩長さんが、あんなに早く来るとは思わないよね。よく間に合わせたよ。
梅の木は王子の部屋の真下、建物沿いに生えていた。伸びた枝が2階の王子の部屋の窓まで届くほど、太く大きく育っている。熟した梅の実が鈴なりで、辺り一面に芳香が漂っている。そして、纏う香りに色がついたように、淡く紅梅色に光っていた。
「聖木ですね」
梅の木は異世界に来て、世界樹と並ぶ神聖な木になったのかな? 梅といえば天神様、神社にあったご神木と同じかな?
「この周囲も聖域化していますね」
「……アステールさん、冗談ですよね」
「いいえ。何度も鑑定した結果です」
鑑定……できる人、滅多に居ないって言ってたよね。梅の木の発光、そこまでギラギラしてないし、よし、気が付かなかったってことで! 撤収!