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岩長さんとの取引

 王妃様と岩長さんとの米の取引は、滞りなく進んだ。岩長さん、王妃様が最初に提示した強気の値段で即決したのだ。値段交渉すら無く虎柄やラグビーボール大の「やらかし米」をお買上げされた王妃様、後からクレームをつけて不利な条件で国交を結ばされるのではとか、何かしら裏があるんじゃないかと疑心暗鬼になってたよ。

 だけど単に岩長さんは、好きな物のためなら出費を惜しまない人ってだけのようだ。やらかし米を買うための金貨を積みながら、岩長さんは言った。


「ここでしか手に入らない貴重な米だから、もっと高いと思ってたんだよねー」


 確かに今はまだ、米は他では栽培していない。だけど、市場に出せば一気に広がる可能性がある。だって聖者や聖女の皆さんが、食いつかないはずがないもんね。そうなると急激に値崩れするはずだから、異世界米も今のうちに高値で売ったほうが良いと進言したオレ。ファインプレーだったと思う。


「ちょっとユウ君、こんな美味しそうなお米隠してたの? 早く言ってよねー」


「いや、これは最近出せるようになったばかりで」


「ああ、レベルアップして能力強化された感じ? じゃあ仕方ないなあ。でも、今度から直ぐに教えてよね!」


 なんて遣り取りはあったけど、異世界米も全て、こちらの言い値で買った岩長さん。お米が好きだからこそ、拘りがあるかもと懸念してたけど、岩長さんはラグビーボール米に抱きついて頬擦りしている。米なら何でも良いんだな。


「あ、その米、普通に炊くのは無理なんで、粉にして使ってくださいね」


「んー? 砕いて使えば良いんじゃない? お粥とかコムタムとか」


 コムタムって何? 割れ米で作るベトナム料理なんだ、え、わざわざ米を砕いて材料にすることがあるの?

 オレより米料理に詳しそうな岩長さんは、「やらかし米」も上手に調理してくれそうだ。王妃様と岩長さんとの米取引、双方ニコニコ笑顔で満足するものとなった。


 さあ、ここからはハルトムート王子の番だ。王妃様とオレの間で静かに座っていた王子、ずっと膝の上に箱を抱えていたんだけど、中身は何かな?


「石竜の聖女よ、ここからは国は関係なく、わたし個人との取引をお願いしたいのだが」


 緊張で震えながら、王子は箱をテーブルに置き、被せてあった蓋を取った。たちまち広がる甘い匂い。


「えっ、これ、梅? 梅だよね、この世界に梅あるんだ! 欲しいっ!」


 ガタンと椅子から立ち上がり、手を伸ばした岩長さん。箱の中には青梅と、完熟した黄色い梅の実のが入っていた。フルーティーな甘い匂いは完熟梅から漂っている。箱を手元に引き寄せて、大きく深呼吸しながら梅の匂いを嗅ぐ岩長さんは、満ち足りた表情だ。梅って良い匂いがするよね。


「ハル、あの梅如何したんだ? 農園にあったのか?」


「その話は後で」


 オレの質問を退けて、王子は恍惚とした岩長さんを現実に引き戻すべく、ゴホンと咳払い。子どもがやると可愛いだけで、岩長さんの注意は引けなかった。涙目になった王子のために、オレはおにぎりを召喚。アイテムボックスから取り出して岩長さんに差し出し、受け取るためにテーブルに置かれた梅の箱を回収してきた。


「あっ、モグモグ、ユウ君、モグモグモグ、それわたしのモグモグ」


「まだ岩長さんのじゃないでしょ」


 王子はまだ箱を出しただけで、取引内容に関する話は始まってもいない。だけど岩長さんは、おにぎりを食べながら不思議そうな顔をする。


「わたしのだよ。わたし、梅干しのおにぎりが1番好きなの。だから、その梅をくれるなら何でもするから! だからその梅はわたしのもの!」


 いいのか、それで? 岩長さん、独立国の王妃になるんだよね、そんなにチョロくて大丈夫?

 だけど、こっちにとっては都合が良い。王子は控えていたヘリオスさんに合図して、隣室で待っていたヒルデリッヒ公子を入室させた。本日の公子はドレスアップしている。王妃様の趣味が多分に反映された、フリフリの可憐なドレス姿だ。

 公子はふらつきながらもカーテシーを披露して、隣国サフィリアの公子だと名乗り、着席した。


「石竜の聖女に頼みたいのは、このヒルデリッヒ公子の護衛なのだ。公子を安全に、サフィリアに送り届けてもらいたい」


「良いよー。その子を送って行って、ついでに情報収集してくれば良いんだね?」


「違うよ岩長さん、順番が逆。情報収集してヒルデリッヒ公子の父親を探し出してから、父親のもとに、ヒルデリッヒ公子を連れて行ってほしいんだよ」


 人探しについては、昨日連絡した時点で引き受けてもらっている。その対価が、今日の取引のセッティングだからね。


「えー、それって二度手間にならない? 面倒くさいなー」


 渋る岩長さん、だけど革命が起きたばかりで混乱するサフィリアに、公子を1人で放り出すのは鬼畜の所業だ。

 王子が即座に追加の報酬を提示する。


「ここで情報収集している間は、毎食おにぎりが食べられるよう手配しよう」


「うーん……それ、おにぎりの具はわたしが決めても良い?」


「出来る限り要望に沿うよう、努力しよう」


「よし、乗った! 王子様、話がわかるのね。これからもヨロシクー!」


 これは、王子が便利に使える駒として、ロックオンされてしまっただろうか。すまん。だけど、そのぶんオレの負担が減るかもしれないと、ほくそ笑んでいると。


「もちろんユウ君も、これからもヨロシクね! おにぎり定期便、毎月楽しみに待ってるから!」


 逃さないよー、との二重音声が聞こえた気がした。米が手に入るようになっても、それはそれ、おにぎり定期便は解約されないようだ。残念……。


 だけど、想定以上の成果は得られた。岩長さんとの取引は、大成功と言っていいだろう。オレはテーブルの下で、王子とこっそりグータッチしたのだった。



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