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異世界トイレ問題

タイトルから内容をお察しのうえ、お食事中の方はご注意を。

「───しょう、起きてください、師匠」


 控えめな、けれど少々焦りを含んだ声がする。師匠さん、呼ばれてますよ、起きてください。オレはまだ眠いんで、もう一眠り……。

 再び夢の世界に沈もうとしたオレの意識を、ポフポフと肩を叩く手が掬い上げる。


「お願いです師匠、起きてください。セイ様、ちゃん、がお腹が痛いって」


「えっ、セイちゃん? 大丈夫?」


 妹の緊急事態に瞬時覚醒したオレは、ベッドから飛び起きて、隣のベッドに突撃した。セイナは毛布に包まって、顔半分だけこちらを覗いていた。涙目で顔が赤い。えっ、熱がある?

 慌ててセイナの額に手を当てる。子ども体温で温かいが、発熱しているほどではない。でも眉根をギュッと寄せて、苦しそう。痛いのを我慢しているからだろう、お腹を抱えるようにして、縮こまっている。昨夜のソフトクリームが駄目だったんだろうか。


「セイちゃん、お腹のどの辺が痛い?」


「……下のほう」


「ちょっと触るよ」


「ダメッ!」


 毛布を捲ろうとしたら、全力で拒否された。何で? 兄ちゃんに触られるの嫌? ショックだわー。

 傷付いた心が癒しを求め、拒絶された手がフラフラと、ジェイドの頭に辿り着く。撫で撫でしてるとセイナに涙目で睨まれた。え、本格的に嫌われた? セイナに嫌われたらオレ、生きていけないんだけど。

 

 ショックを鎮めるために更にジェイドを撫でていると、セイナがプンスコ! と聞こえそうな声で言った。


「お兄ちゃん、セイ、お腹、痛いの!」


「うん、痛いんだよね。しんどいけど、『いたいのとんでけー』出来そう?」


「それじゃダメなの! お兄ちゃん、怖くないおトイレに連れてって!」


 ああ、セイナの腹痛の原因が判った。トイレを我慢しているんだ。昨夜寝る前に、ちょっとした事件があったせいで、怖くてトイレに行けないのだ。


 賢いセイナは寝る前に必ずトイレを済ませる。その習慣はこちらの世界に来てからも継続していて、昨夜もセイナは客室内のトイレに一人で入っていった。そこでセイナは遭遇してしまったのだ。便器の中から這い出そうとしていた、未知のモンスターに。


 いや、セイナやオレが知らなかっただけで、その正体はただのスライムだったんだけど。


 この世界のトイレ、一見すると洋式水洗トイレなんだけど、その実態はボットン便所らしい。便器の穴からパイプで繋がった先に汚物を溜めるタンクがあり、その中で飼われているスライムが汚物を分解しているのだそうだ。

 ジェイドによると、このスライム式トイレ、たまーにパイプを伝ってスライムが這い上がってくるんだとか。このスライムがまた、一切可愛げのないアメーバにギョロ目がついたような奴なので、不意を突かれたらオレでも叫んじゃいそうだった。セイナは悲鳴を上げていた。


「セイちゃん、そこのおトイレも怖くないよ? ジェイドがスライムやっつけてくれたよね?」


 昨夜出没したスライムは、ジェイドが水を掛けると呆気なく流れていった。スライム式トイレのスライムは最弱種で、下手すると猫パンチで死んでしまうほどの激弱生物なのだとか。しかし見た目は立派なクリーチャーなので、セイナにとってはトラウマものらしく、イヤイヤと首を横に振る。


「じゃあ、お外でする?」


「いや!」


 だよねー。馬車移動の途中で草むらに隠れて用を足すのも、恥ずかしがってたもんな。大自然をトイレにするのって、女の子には特にハードル高いよね。異世界トイレ問題は切実だ。


「うーん、ジェイド、スライムの居ないトイレって知ってる?」


「聞いたことは、あります。でも浄化魔法を付与してて、ものすごく高価らしくて。お城にはあるとかないとか」


 お城かぁ、たぶん歴代聖女様の誰かが、頑張って発明したんだろうな。浄化魔法ならセイナも使えるから、そこのトイレを浄化すればいけるだろうか?


 いや、待てよ? わざわざトイレを浄化しなくても、セイナのお腹の中を直接浄化出来ないか? 浄化というか、不要物を無くして綺麗にするというか。

 セイナの『きれいきれーい』で手を綺麗にした時、付いていた土汚れが無くなっていた。つまり浄化魔法は、汚れを除去、または消滅させる魔法なんじゃないかな。だとしたら、セイナが汚れだと認識すれば、それだけを、体の中から無くせないかな。


「セイちゃん、う○ちが何処にあるか、わかる?」


「もうちょっとで出そう」


 既に出口付近で待機中らしい。時間が無いが、そこまで出てきているのなら、却って意識しやすいだろう。というより今はそれしか意識出来ないんじゃ。


「その汚いう○ちを、セイちゃんの『きれいきれーい』で綺麗に無くせない?」


「えっと、うーんと、う○ち君バイバイの『きれいきれーい』!」

 

 パアアアア!


 毛布の隙間から光が溢れた。セイナが目を見張り、一転して明るくなった声で、元気に続ける。


「おし○こもバイバイ、『きれいきれーい』!」


 パアアアアアアアア!


「お腹痛いの治った!」


 毛布を跳ね飛ばして飛びついてくるセイナ。良かった、苦し紛れの思い付きが上手くいって。それ以上に、セイナに嫌われてなくて本当に良かった!


 抱き留めたセイナを思う存分撫でくり回していると、ふとセイナ達が使ったベッドが目に入った。セイナが毛布を跳ね飛ばしたので、顕になったベッドマット。その真ん中、さっきまでセイナがいた辺りに、濡れて色が違う部分があった。

 あー、昨夜は未知との遭遇のせいで、寝る前のトイレが済ませられなかったもんな。オレはセイナに気付かれないよう、そっと毛布を引っ張り上げた。


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